Silver Keys Ⅲ 1

銀色の鍵束をくわえた白い獣が空を飛んでいる。

ルディは、白い獣から鍵束を受け取り、数を数えてみた。

鍵の数は12。僕の年と同じだ、とルディは思った。

白い獣は、導くようにルディを池のほとりに連れて行った。

池の底に老婆になった姉のレナが沈んでいる。いや、あのそばかすは、母様かもしれない。

そんなことを思っていると、白い獣とルディは、見知らぬ扉の前に居た。両開きの、ひどく大きな扉だ。

扉のレバーを押したが、鍵がかかっているらしい。ルディは、鍵のひとつでその扉を開けた。

すると、そこは故郷である屋敷の玄関ホールになっており、ルディの父親が立っていた。

「ルディ。遅かったな」と父親が言った。

ルディは父親に聞いた。「母様は?」

「エリーゼは…」と父親は呟くように言い、ルディを抱き寄せてごく小さな声で言った。「昨日、亡くなったよ」

ルディは、自分を導いてきた白い獣が、母親の魂であることに気づいた。

そこで、目が覚めた。


ルディは、朝になるまで寄宿舎のベッドの上で丸まっていた。

自分には、姉のような予知の能力は無い。きっと、ただの悪い夢だ。そう心に言い聞かせていたが、何か落ち着かない。

9歳の頃、一度呪いを受けてからは、平和な3年間が過ごせた。父親がくれたアミュレットが、役にたっていると言う事だろう、とルディは安心していた。

カーテンの隙間から朝日が射し、目覚まし時計が7時を告げると、ルディは女子寮の姉に心の声を送った。

「レナ。おはよう」そう声をかけると、寝ぼけている姉の心の声が返ってきた。「おはよう、ルディ。何かあった?」

「おかしな夢を見たんだ」と言って、ルディは夢の内容を姉に告げた。

「ルディ。もし、母様が本当に亡くなってたら、その日のうちに学校に連絡が来るはずよ」と、レナは冷静に答えた。「朝までなんにも連絡が無かったってことは、母様は無事よ」

「うん。僕もそうだと思う。だけど、僕達は母様が亡くなるのを、見送らなきゃならない時が来るんだよね…」

ルディは、言葉にしながら、自分の不安を認識した。

「それは、誰だって同じよ」と、レナは励ますような声を返してくる。

「私達が先に死んだら、親不孝ってものだわ。みんな、その順番の中で生きてるの。私達は、母様が生きてる間に、母様に感謝してることを、いっぱい伝えておかなきゃね」

ルディは、やっぱりレナは大人だな、と少し思ってから、「そうだね。今度の休暇中に、母様に何かサプライズしようよ」と心の声を返した。

「良い考えね。じゃぁ、作戦会議は、今日の授業が終わってからね。今日も頑張ろう」レナの心の声は、そう言って途切れた。


その年の秋、レナとルディは中等部に進学した。ラグレーラの寄宿学校では、この頃から勉強のコースが理系と文系に分かれる。

レナは化学と生物学の知識がほしいと言って理系に、ルディは言語学や歴史や地理に興味があったので文系を選んだ。

ルディが文系に進みたいと言っているのを聞いて、リムは少し寂しそうな顔をして言った。「僕は理系に進むよ。勉強は一緒に出来なくなっちゃうけど、いつでも声をかけて。僕もそうするから」

ルディは、「ありがとう。リムだったら、きっと博士号がとれるくらいになるよ」と、友人を励ました。

「何を研究するかに寄るなぁ」と、苦笑いを浮かべてリムは答える。「まずは、単位落とさないことが先決だね」

「ごもっとも」と言って、今年の秋で寄宿学校を卒業するジュミが2人の話に入ってきた。

「将来の目標は大事だけど、毎日の課題をクリアしてこそ、だからね」と言うジュミの手には、卒業証書が握られている。

「ジュミがいなくなっちゃうと、ちょっと寂しいな」とルディは言った。「君のグループのリーダーは、誰が引き継ぐの?」

「ルディが引き継いでも良いんだよ?」と、ジュミは悪戯めかせて言う。

「無理無理無理」と、ルディは顔の前で横に手を振った。「カルやルークだって残ってるじゃないか」

「グループって言うものは、年齢制限でリーダーを決めるものじゃないんだ」ジュミは解説する。「どれだけ、能力があるかも重要だけど、一番必要なのはカリスマ性かな」

「僕は年上の人に指示出せるほど、頭も良くないし、度胸も無いよ」

ルディは自分の中にある、まだ引っ込み思案な所を知っていた。

ジュミはにっと笑って、「でも、いつかはウィンダーグ家を継ぐんでしょ? 一家の主がリーダーシップも取れないようじゃ、家の存続にかかわる」と述べた。

「たぶん、継ぐのは僕だと思うけど…」ルディは不安げだ。「まずは、リーダーシップより、毎日の単位をちゃんと取るところからかな?」

それを聞いて、ジュミとリムは大笑いをした。


卒業式を終えた先輩達が、男子も女子も一緒になって学校を後にするのを、レナは図書館の窓から見ていた。

「私も、あと5年後には卒業か」と、レナは思って、その間に準備すべき事柄をメモに記していた。

「レナ。あなた宛てよ」と言って、ジーナが手紙を持ってきた。「今年卒業した、男子寮の某先輩から。名前は出さないでくれってさ」

レナは、初めて自分あての恋文を読んだ。どうやら、その某先輩は、毎年列車の中でしか逢ったことが無いレナに、仄かな恋心を抱いていたらしい。

手紙と一緒に、小さなチャームのついたブレスレットが入っていた。

手紙を読み進めると、同封したブレスレットには、レナを守ってくれるようにヒーラーに浄めてもらったチャームをつけてある、と書かれていた。

「君が占い師なのは知ってる。でも、他人の人生まで背負い込むことはない。君はまだ12歳だ。自分の未来だけを考えていても、許されるんだよ?」

手紙には、まるで、レナの心を見透かしているような言葉が書かれていた。

「僕が君を気に入ってるからって、どうこうしようってわけじゃない。唯、なんの助けにも成れなかったけど、君を気にかけていた勝手な奴が、一人くらいいたのは知っててほしい」

「君のことを知ってから、僕は初めて誰かを助けたいと思った。この気持ちだけは、本当だよ」と手紙は綴られ、「ありがとう。レナ・ウィンダーグさん」と別れの言葉が続いていた。

恋をすると言う事は、こう言う事か。レナは、不思議と落ち着いた気持ちで、手紙を閉じた。