クリスマス休暇が来た。レナとルディは、雪の積もった屋敷の前で馬車を降り、いつも通りに懐かしい我が家へ戻った。
陰気な執事が、いつも通りに出迎える…かと思っていたのだが、その日はメイドのメリーが玄関に出てきた。
「レナ様ルディ様、お帰りなさいませ」
「メリー、バトラーは?」と、レナが聞く。
「まぁまぁ、まず中へ入って。お寒いでしょう?」メリーは言いながら、2人を屋敷の中に招き入れ、玄関の扉を閉めた。
それから、「良いですか? 何を見ても、お声を出さないように」と言って、2人を地下室に連れて行った。
地下室では、レナとルディの父親が、棺の中に眠らせている執事に、何かの術をかけている所だった。
雷のような、赤紫色の光が、屋敷の主人である父親の両手から、棺の中で眠っているバトラーに送られて行く。
儀式が終わり、眼鏡をかけた父親は、ふぅっとため息をつくと、地下室の出入り口を観た。
「何をこそこそしている? 静かに連れて来いとは言ったが、隠れて連れて来いとは言ってないぞ」と、若々しい声で父親が言う。
メリーは気恥ずかし気に地下室の扉を開き、レナとルディを地下室に送り入れた。
「バトラーがどうかしたの?」と、レナが棺の中を見て、先に聞いた。
「前々から、説明しようと思っていたが、うちのバトラーの修理の仕方を教える」と、父親は言った。「メリー、お前はもう下がって良い」
追い出しをくらったメリーだが、地下室を出て上の階に上がる…と見せかけて、地下室への階段の一番上の段で耳を澄ましていた。
屋敷の主人である父親は、家に施してある「察知」の魔術で、その事にしっかり気づいていたが、無視して話しを進めた。
「うちのバトラーがゾンビであることは、お前達も知ってる通りだが、以前、人間の作るゾンビとは違うと言ったことを覚えているか?」
「覚えてる」と双子は同時に答えた。
「人間の作るゾンビは、被害者を麻薬漬けにすることで作られる。だが、我家のバトラーは、契約を結んだ人間の血液の中に、魔力を送ることで作られている」
父親は説明を続ける。
「このバトラーが、何代前から使われているかは私も知らないが、家系図の10代前くらいまでは全員暗記している所から察するに、だいぶ昔から家に仕えているようだ」
「何の魔術で動いてるの?」と、レナが鋭く聞いた。
「基本の術は、延命と再生。そこに『知性』と『力』を付け加えている。複合的な魔術の産物なんだよ」双子の父親はそう説明し、片手の人差し指を軽く上に向けた。
その指示に反応して、執事が棺から起き上がった。「マスター・ナイト・ウィンダーグ。ご命令を」と陰気な声で執事が言う。
「地下室の出入り口で聞き耳を立てている者と一緒に、夕飯の配膳をするように」と、主人である父親が指示を出すと、執事は「かしこまりました」と言って、地下室を出て行った。
「もし、契約を破棄したら、どうなるの?」執事が居なくなるのを確認してから、レナが聞いた。
「灰になる。もしかしたら、骨くらいは残るかも知れないけどな」
ナイトは腕を組みながら言う。
「だが、安易な理由で契約を解いてはならない。当家の膨大な情報をコンピューター以外で知ってるのは、あのバトラーだけだ。さて、本体は居なくなってしまったが、修理の術はどちらから覚えたい?」
双子は顔を見合わせた。ルディがドギマギしているのに気付いて、レナが率先して手を挙げた。
その年のクリスマスは、父親が「外に食事に行こう」と言ったので、レナとルディと母親のエリーゼ、父親のナイト、それから護衛のジャンの5人で、市内のレストランに出かけた。
ジャンの運転する車内で、父親があちこち道の方向を誘導する。季節柄、15時には日が沈むが、父親は念のため、スーツのネクタイの下に、金細工で出来たパンパネラ用のアミュレットを付けてきている。
母親は、フレアになったスカートの裾に少しピンクの入る、派手過ぎない白いドレス。レナも、母親とおそろいのドレスを着て、ルディは少年用のスーツでおめかしをしている。
車が到着した駐車場には、それなりに人入りのあるタイヤの跡が雪に残っていた。
「リディアのキッチン」と書かれた看板も、優しいオレンジ色の古風な壁も、ピカピカに磨かれ、クリスマスらしく電飾で飾られている。
「この店はオイスターが有名だそうだ」ナイトが説明する。腕時計を見て、「予約は17時に入れておいたが…。ふむ。ほぼぴったりだ。入ろう」と言って、家族を促した。
ジャンは、「何かあったら、すぐ呼んで下さい。楽しいクリスマスを!」と言って、エンジンとエアコンをつけた車に残った。
「なんだか、ジャンが可哀想ね」店員に招かれた席につきながら、エリーゼが言う。
「安心しろ。メリーに、クリスマス用のディナーバスケットを作らせておいた」ナイトは抜かりない。「車内は少し狭いかもしれないが、彼もゆっくりお夕飯中だよ」
「ターキーが冷めちゃったりしないの?」と、レナ。
ナイトはにっと笑って、家族にだけ聞こえる囁き声で言った。「レナ。炎の扱い方を覚えただろ? 少々の工夫をすると、食べごろの程度の熱で食糧を『保温』をする術もあるんだぞ?」
レナとナイトが魔術の話に花を咲かせ始めたので、エリーゼとルディは学校生活の話などしながら、一家はオイスターとフルコースに舌つづみを打った。
魔術で食べごろに保温された、湯気を上げるバスケットから、ジャンは熱々のターキーを取り出して、フォークもナイフも使わず、片手に持って肉にかぶりついた。
長年、ウィンダーグ家に仕えているメイドのメリーの料理の腕は年々上がってきているらしい。「美味い」と、ジャンが口をもぐもぐさせながら独り言を呟いていると、外で何かが吠えた。
ジャンの待機している車の窓に、犬が前足をかけていた。窓を開けていないので、匂いはしないはずだが、食べている仕草で肉だと分かったのかもしれない。
ジャンは、その犬が店先のチェーンレールにリードでつながれているのに気づいた。
「お前も待機中か」と言って、ジャンは揚げたての状態のナゲットをひとつ取って、窓を細く開け、その犬にナゲットを放ってやった。
一口程度のナゲットだったが、犬は口をハフハフさせながら肉を噛み、飲み込んだ。寒さと飢えをしのげて、犬は上機嫌で尻尾を振っていた。
「楽しいクリスマスだな?」とジャンは犬に言って、骨だけになったターキーをバスケットに戻した。
21時の閉店間際まで、ゆっくりと食事をとり、ウィンダーグの一家は車に戻って来た。
「あのケーキ最高!」ご機嫌で後部座席に座りながら、レナが言う。「私も、あんなお菓子作ってみたいな。母様、今度ケーキのスポンジの作り方を教えて」
「チョコレートケーキね」レナの横に並んだエリーゼは答えて微笑んだ。「私のとっておきの魔法を教えてあげようかしら」
「料理の魔法は、エリーゼの専門だからな」と、ワインでほろ酔いのナイトは言う。
「父様、オイスターは食べられるんだね」と悪戯っぽくルディが言う。「父様が血の腸詰やフルーツ以外のも食べてるの、初めて見たよ」
「長年の訓練の成果だ」と、助手席に乗りながらナイトは答えた。「日々は常に修業だぞ?」
「旦那様、シートベルトを。発進できませんよ?」と声をかけるジャンも、笑顔だ。
外でさっきの犬が吠えた。
「あれ? あいつ、まだ飼い主が戻ってこないのかな?」と、ジャンは思ったが、何せ今日はクリスマスだ。あの犬の飼い主も、閉店ギリギリまでレストランに居たいのだろう。
ゆっくりと発進し、駐車場を後にした一家の車を、犬は寂しげに見ていた。真っ赤なイーブルアイを灯して。