Silver Keys Ⅲ 3

休暇も明日で終わりという日、レナとルディは母親であるエリーゼに花のブーケを贈った。

ルディが秋のうちに探して置いた花に、レナが魔術をかけて、真白な花は凍ったまま咲き誇った形をとどめている。

「母様、いつもありがとう」と、双子は声を揃えて言い、ブーケを差し出した。

エリーゼは、「まぁ。ありがとう」と言って、目を見張って喜んでくれた。

母親に花を差し出した時、レナの意識の中に不思議な映像が流れ込んできた。

真っ白な病院の一室で、エリーゼが点滴を受けながら眠っている。サイドテーブルに、レナとルディが用意したブーケが飾られていた。

レナは、ブーケを手渡す瞬間、反射的にブーケに「守護」の魔術をかけた。

ルディも、レナがブーケに魔力を込めたのが分かった。

居間を後にした双子は、心の声でこっそりと会話をしていた。

「レナ、今…」と、ルディ。

「うん。ブーケに魔力を込めたの。母様を守ってくれるように」と、レナ。

「何が見えたの?」ルディは聞く。

「母様が昏睡状態になる様子」レナは答えた。「恐らく、そう遠い未来じゃないわ」

レナの返事を聞いて、ルディは問いかけた。「僕達、本当に旅に出て良いのかな?」

「ルディが、旅を諦めたいって言うなら、それでも良いわ」と、レナは言った。「その時は、ルディにこの屋敷を任せる。母様を守ってあげてね」

「レナが旅に出るなら、僕だって付いてく」ルディは反論した。「母様には、父様がいるもの。レナを一人で旅に行かせるなんて、出来ない。子供の頃、約束したでしょ? 僕がレナを守るって」

「覚えててくれたのね」レナはそう言って、少しはにかんだ。「今見えた様子は、父様にも伝えておく。父様なら、きっと良いアイデアを出してくれるわ」

「父様の所へ行こう。きっと書斎に居るはずだ」と、ルディは声に出して言った。


父親に事の顛末を伝え、レナがその日屋敷で眠りに就くと、学校で眠っている時のように、ふわふわと体が浮いているような感覚がした。

「シエラさんが私を呼んでるんだ」と気づくと同時に、レナの魂はシエラの屋敷に召喚された。いつも通り、魔法陣の描かれたテーブルの向こうの椅子に、シエラが座っている。

「久しぶりだね。元気にしてた?」シエラが、吟味するように霊魂の状態のレナを観察した。「ふむ。反魔術が上手くなったね」

「ええ。私に術をかけられるのは、シエラさんだけよ?」と、レナは自慢した。

「それは光栄。実は、ウィンダーグ様から相談を受けたんだ」

シエラは、隠さずに言う。

「レナちゃんとルディ君の守りは完璧な状態だけど、そうなってくると、エリーゼが狙われる可能性が高くなってくる。今日見た予知の映像を、覚えてる?」

レナは、すぐに自分の見た「予知」の映像を思い浮かべた。見た直後より、細かい部分までつぶさに見える。

「さっきよりはっきり見える。母様が、腕に包帯を巻いてる…怪我をしてるみたい」

「未来が確定的に成ってきた証拠だね」シエラは言って、レナに指示を出した。「その映像を、少し戻ることは出来る? エリーゼが怪我をする時まで」

「戻るって、どうするの?」と、レナ。

「視点を変えるんだ。何処かに、空間の歪みなんかないかい? そこから、過去や未来へ移動できる」

シエラの指示通り、レナは映像の視点を変えようとした。霊体が映像の中に落ち込むような感覚がして、エリーゼの眠っているベッドの周りを見回すことが出来た。

白いブーケが何かを示すようにちかちか光っている。ブーケの反対方向を見ると、別の映像が見えた。

早朝の庭を散歩していたエリーゼが、迷い犬を見つけた。犬は、尻尾を振ってエリーゼに近づき、エリーゼも犬の頭をなでてあげようと手をかざした。

途端に、犬の目が赤く光った。犬は突然エリーゼに襲い掛かり、エリーゼの左腕を噛んだ。

エリーゼは驚いて犬を振り払った。噛み傷は大したものではないが、左腕に牙が刺さった赤い点がついていた。

犬は、まるで悪いことをしたのが分かったかのように、キャンキャンと吠えながら庭から出て行った。

「母様…呪いをかけられるんだわ」と、シエラの屋敷に戻って来たレナは言った。「死の呪い…だけど、呪い自体はすごく弱い。私達の贈ったブーケの他に、何かが呪いを弱めてる」

「呪いをかけてきたものは?」と、シエラ。

「犬だった。ゴールデンレトリバーって言う種類の…。不思議なんだけど、何故かその犬から父様の魔力の気配がしたの」レナはそう説明した。

「よし。そこまで分かれば、対処のしようはある」と言って、シエラは椅子から立ち上がった。そして、部屋を覆っている魔力を宿した布の一部を、少しだけずらした。

その布の向こうには、様々な色の薬品瓶が、棚の中に所狭しと置かれている。

「ウィンダーグ様の気配がしたってことは、その犬に何らかの原因でご当主様の魔力が宿ってることが考えられる。その力を強めれば、あるいは…」

と言って、シエラはオレンジ色の薬品の入った瓶を選び出した。「呪いを解くことが出来るかもしれない」

シエラは、レナに薬瓶を渡した。

「あたしの魔力で、その瓶をレナちゃんの身体に送る。目が覚めたらすぐに、ご当主様に、その薬に魔力を込めてもらうんだ」

シエラは厳重に言う。

「生半可な魔力じゃダメだよ? エリーゼが、生き残れるかどうかの瀬戸際だってことを伝えて、可能な限りの強い魔力を宿してもらって」

「分かった。この薬自体は、どう使えば良いの?」と、レナも冷静に聞き返す。

「エリーゼが怪我を負うのは避けられない。怪我を負って、病院に搬送されたら、傷口にこの薬を塗るんだ」

シエラはもっと詳しく説明したかったようだが、レナの体のほうのエネルギーが消耗し始めた。レナの視界が暗くなって行く。

「朝になる前に、ウィンダーグ様に事情を説明して。頼んだよ、レナちゃん」

シエラのその言葉を聞き終わらないうちに、レナは自宅の寝室で目を覚ました。