Silver Keys Ⅲ 5

子供達が学校に戻った後、シエラから事情を聴き、ナイトは「何故、呪いの媒体である犬の霊から自分の魔力の気配がしたのか」を推察していた。

ナイトが魔力を使うのは、主に屋敷の中だ。若い頃は、旅先や学校などでも小細工程度の魔術を使っていたが、分散もしていないのに、そんな昔の魔力が千年後の今まで持続するわけがない。

子供達が生まれる前、ジャンに魔力の一部を「貸した」ことがあったが、用件が済んだ後、ちゃんと回収してある。

となれば、最近、野外で放った魔力と言うことになる。

ひとつの案が、頭をかすめた。

電話の受話器が耳元に滑り込んできて、何かが自動的にジャンの携帯電話の番号を回した。

「もしもし? ナイト・ウィンダーグだ。ミセス・ベアトリクスか?」と聞くと、「せめて電話では本名で呼んで下さい」と、ジャンの声がした。

「昼飯時ではないとは言え、変化は解くな。声が元に戻ってるぞ」と、ナイトは釘を刺した。

「了解。何の御用ですか?」と、しわがれた老婆の声が返ってくる。

「去年のクリスマスに、お前は、車の中で食事を摂っただろう? そして、近くには犬が居た。お前、その犬に何かしたか?」

「居ましたね。人懐っこい犬で、僕…いや、私がターキーを食べてたら、お腹減らしてそうだったので、ナゲットを一つあげたんです」

「それだ」と、ナイトは言った。「いや、謎が解けた。ミセスは、引き続き任務を頼む」

「はぁ、承知しました」と、わけがわからないと言う風にミセス・ベアトリクスこと、ジャンは電話を切った。

「まさか、バスケットを保温する魔術が妻を救うとわね」と言って、ナイトはおかしそうに肩を揺らした。「今回の影のヒーローは、ジャンだな」


その経緯をシエラに電話で説明すると、豪快な笑い声が戻って来た。「たぶん、贄にされる直前で食べたのが、そのナゲットだけだったんだろうね。よっぽど恩義に感じてたんだよ、その犬」

「ここから本題に入るが」と、ナイトは話を変えた。「レナの時は使い魔、ルディやエリーゼの時は犬の霊が使われている。これは、呪いをかけている者の技術が上がっていると言う事か?」

「そうなるね。残念ながら」とシエラは答えた。「たぶん、術者はまだ若い。これからも要らない伸びしろがあるってことだ。霊体を奪わなくても直接的に死の呪いをかけられるくらいにはなってる」

「今回、霊を連れて来た犬が庭の結界を抜けてきたと言う事は、大元の犬には『悪意』は無かったと言う事か」と、ナイトは確認する。

「そう言う事だね。瞬間的に命令を受けて操作されてるなら、結界が『悪意』を察知するのも遅れる。エミリーに頼んで、少し庭の結界を強化してもらったほうが良いかもしれないよ」と、シエラ。

「そうするよ。娘の授業のほうも、今後ともよろしく」

「それは任せといて。今後は、魔法薬の作り方の指導が主だけど」

「ほぅ。ようやく、戦闘的な魔術からは離れるわけか」

「薬作りを見くびっちゃだめだよ。使い方によっては、魔術や呪いより直接的に誰かを殺したりも生かしたりもできるんだから」

「娘が理系の学習コースを選んだらしいが」

「それは個人の好みさ。昔の魔女が、呪文を呟きながら薬を作った理由を知ってる?」

「何か理由があるのか?」

「煮込み時間を測ってるんだよ」

「なるほど」とシエラと言葉を交わしながら、ナイトは久しぶりに大笑いをした。


学校に戻ったレナとルディは、夫々、いずれ目指す「未開の地への旅」へ向けて、学習に勤しんでいた。

レナは、シエラから受けている魔法薬の作り方と、現代に受け継がれている医薬品の作り方の、共通性と因果関係を研究していた。

ある日、同じ学習コースに進んだジーナが、割れたフラスコで深く指を切った。

とっさに、レナが脱脂綿で止血すると、止血を始めて5分後には、傷が完全に無くなっていた。

「レナ、あなた、もしかして…ヒーラーの力があるの?」とジーナに囁き声で聞かれ、レナは「分からないけど…」と呟いた。


その日の図書館で、ルディは、頭の中でぐちゃぐちゃになりそうになる、各地の挨拶の言葉を、ノートに書いた地図にメモしていた。

「おー。苦学生してんじゃん」と、同じ学習コースのパンパネラの先輩、ルークが声をかけてきた。

「ルークはどうやって5か国語とか暗記したの?」と、ルディは髪を掻きまわしながら聞く。

「言語って言うのには、法則があるんだ。それが分かると、関連付けられる言葉は大体暗記できる」と、ルークはちょっと偉そうに言う。

「その法則って?」と、ルディ。

「それを教えたら、テストの答を教えたようなもんだよ。頑張れ、苦学生」と言い残して、ルークは「アジト」に入って行った。

ルディがノート作りを終えて、「アジト」に入ると、見慣れない少年がいた。いつもこの頃には、新入生の中から「仲間」を見つけてくるのだが、その少年は特に奇妙だった。

右目と左目の色が違う。人間にも「オッドアイ」の人はいるが、大抵は茶色と水色の目のオッドアイが一般だ。だが、その少年は、片目だけが常にイーブルアイで、もう片目は人間の目、と言うものだった。

「ピッグスのグループにリンチに遭いそうになってたから、連れて来たんだ」と、カルが言う。ピッグスと言うのは、人間の非行少年グループを、「ローラングループ」のメンバーが呼ぶときの悪口だ。

「さて、ルディも来たことだし、次期の我々のリーダーを決めよう」と、カルが取り仕切って、話し合いが始まった。

「まずは、今年の新入生を紹介。名前を言って」と、カル。

「レイラ・オーディスと言います。よろしくお願いします」と、オッドアイの少年は名乗った。

「レイラ?」と、少年達の疑問はその点に集中した。

「女の子みたいな名前だね」と、ルディが言った。

「よく、そう言われます。母が、女の子が欲しかったみたいで…」と、レイラは気弱そうな声で言う。

「片目はどうして隠して無いの?」と、去年「アジト」に仲間入りしたネルが聞いた。

「さっき、カラーコンタクトを落としちゃって…それで、人間にバレてリンチに遭いそうになったんです」と、レイラ。

「それにしても、名前がレイラじゃ、気が抜けちまう」と、ルークが言い出した。

「じゃぁ、彼のことはこれから『レイ』って呼ぼう」

カルがそう言い、「レイ、ちょっとイーブルアイ…右目を閉じて。左目は開けてて。色を同じに調節するから」と言って、レイラことレイの目に呪術をかけた。