Silver Keys Ⅲ 6

何坪あるのか数えるのも嫌になる広大な庭を見据えて、エミリーは何処にどんな術をかければ、効率的かつ強力な結界が張れるかを熟考していた。

夕方頃、屋敷の中に戻り、応接室でローブのフードを被ったまま、屋敷の庭の見取り図を観ながら、起きて来たナイトに老婆の声で注文を付けた。

「いくつか、変形しない人工物がほしいわ。魔法陣を保存して、なおかつ隠して置けるものだとベスト。それから、呪法をかけた植物をいくつか植えさせて」

「ふむ。人工物と言うのは、銅像なんかで良いのかな?」目覚めのお茶を飲みながら、ナイトは聞く。

「そうね。その銅像のデザインも、魔術の施せるような形だと、なお良し。それから、霊魂や呪いを纏った動物が侵入できないように…」

そこまで言って、エミリーは日の暮れ始めた窓の外を見た。

イーブルアイを赤く灯し、かなり遠方まで透視している。近距離への配慮が疎かになった瞬間、何者かがエミリーに向かって銃弾を放った。

「エミリー!」と叫んで、ナイトは魔女をかばった。窓ガラスが割れ、ナイトの右肩に、散弾が食い込む。

「ウィンダーグ様!」と、エミリーが悲鳴に近い声で言う。

ナイトはエミリーから離れ、出血している肩を押さえながら、「エミリー! 結界を強化しろ!」と指示を飛ばした。

エミリーは、割れた窓硝子のあった場所に直接片手を振れて、結界に強化の力を送った。その直後、ナイトの予想通り、散弾銃による集中砲火が襲ってきた。

魔力の出力を上げるため、エミリーは一時的に15歳の少女の姿に戻った。銃弾の圧に耐えている細い腕が、びりびりと振動している。

その襲撃をしのいだエミリーは、空いている片手に集中していた魔力を、イーブルアイで捉えた狙撃手に、撃ち返した。

銀色の光を纏った魔力の塊が、道路を挟んだ、ウィンダーグ家の向かいにあるオフィスビルの2階の非常階段に、着弾し、爆発した。

「あと2方向から狙われてる!」とエミリーは言って、片手に、最初のものより強力な魔力を込め、撃ち返す。銀色の発光物が、光速で飛びながら空中で二つに分裂し、夫々の方向で爆発した。

「しとめた。けど、ウィンダーグ様、これは、魔術だけじゃどうにもならないわ」エミリーは少女の姿のまま言う。「すぐに、家中の窓硝子を防弾硝子に変えて下さいな」

「分かった。すまないが、弾丸が貫通してないんだ。右肩の処置も頼む」

ナイトはそう言ってスーツとシャツの肩をはだけ、エミリーに傷口を見せた。

エミリーがナイトの右肩の傷に手の平をかざすと、骨に突き刺さっていた散弾の粒と塊が飛び出してきた。

「弾丸に呪術がかけてあるわね…。どんな術を使ってるのかは、微弱すぎてわからない。結界を突っ切る分だけの魔力を込めてあったのね。銃弾の威力は、普通の散弾銃と同じ」

「道理で、骨が砕けなかったわけだ」

ナイトは、シエラの作ってくれる強壮剤や、子供達が生まれてから始めた食事の改善がものを言っていることを理解した。

「普段からの心がけは大切だな」

「普段からの心がけとして、屋敷の物理的な強化も考えておいてちょうだい」と、エミリーは言った。「敵が人間だと思って、油断しないで」

「敵は人間なのか?」と、ナイトは服を直しながら聞いた。

「そんなことも分かってらっしゃらなかったの?」

エミリーは呆れたように言う。声が、段々としわがれて行く。

「魔力の質の違いくらい、見抜いてちょうだい。この部屋に居ると消耗するから、今日は私はもう帰るわね。話し合いの続きは、窓硝子が全部防弾硝子になってから」

「承知した。早急に準備を整える」ナイトは答えて、自分の肩に治癒の魔術をかけた。


寝室でまだ眠っていたエリーゼは、夫がフラフラしながら寝室に戻ってきた気配で起きた。

「あなた…どうしたの?」と、寝ぼけながら聞く。

「少し右肩を傷めてね」ナイトはそう答えた。「やれやれ。スーツが一着使えなくなってしまった」

そう言ってウォークインクローゼットに入って行った夫のスーツの肩が裂けているのを見て、エリーゼは、また何かがこの屋敷で起ころうとしていることを察した。


ナイト達が襲撃を受けていた頃、授業の終わったルディは、廊下で出くわしたリムに「やぁ。最近、調子どう?」と聞いた。

「元気だよ。だけど、段々勉強難しくなるね」と言って、リムは立てた教科書に顎を当てて見せた。「ルディは、どんな感じ?」

「歴史や地理は覚えやすいんだけど、言語学が少し難しいかな。古典や現代文の他に、最低でも5か国語の日常会話は覚えなきゃならないんだ」と、ルディ。

「教科書を食べて頭が良くなるなら良いんだけどね」と、リムは冗談を飛ばし、2人はくすくす笑い合っていた。

「ウィ、ウィンダーグ先輩」と、レイの声がした。カルのかけた呪術で、両目が、ステンドグラスのような青に染まっている。「この方は?」

「レイ。そんなにかしこまらなくて良いんだよ?」と、ルディは言った。「この人は、リム・フェイド。僕の親友」

「よろしく、レイ君」と言って、リムは片手を差し出した。

「よろしくお願いします。僕、レ…レイ・オーディスって言います」と言って、レイはその手を握り返した。そして、不思議そうに眼を瞬いた。

その様子に、ルディは気づいた。「レイ。どうしたの?」

「少し、失礼します」と言って、レイはリムの肩のあたりで、何かを追い払うように手を振った。「失礼しました。もう大丈夫です」

「え? 何? 何かいた?」と、リムは自分の両肩を見て言う。

「細い蜘蛛が居たんです。追い払ったから大丈夫です。それじゃ」レイは言って、図書館のほうに走って行った。

「ちょっと変わった子だね。神経質なのかな」リムはそう言って、「じゃぁ、次の授業あるから」と手を振ってルディと別れた。