Silver Keys Ⅲ 7

ルディは、次の授業が空いていたので、すぐにレイを追いかけた。

思った通り、レイは図書館の「アジト」への入り口に向かっていた。レイが、「アジト」に入った。ルディもすぐ続いた。アジトの中には、幸いレイとルディ以外誰も居ない。

ルディは、「レイ。待って」と声をかけた。

レイは、ルディが追いかけてきたのに驚いたような、安心したような、もどかしげな顔をしていた。

「見えたのは、本当に本物の蜘蛛だったの?」と、ルディは問いただした。

「いいえ」と、レイは否定した。「僕達の間では、そう呼ぶんです。呪いをかけようとしている者が近づく気配を」

「君は…メディウムなの?」と、ルディ。

「血は継いでいます。だけど、僕は女の子じゃないから、家を継ぐには資格がないって…」レイは、そう言って唇を噛み、それからこう言った。

「でも、能力はあります。確かに、リム・フェイドさんは、もう少しで呪いをかけられるところでした。まだ予兆程度のものでしたが、これからも注意が必要です」

人が変わったように、はきはきと喋るレイは、ルディが左手につけていた青いビーズのブレスレットを指さした。

「それ、アミュレットですよね?」

「うん。あー…僕の知り合いが作ってくれたんだ。その人も、吸血鬼と人間の混血」と、ルディはレナとの約束を思い出し、姉に作ってもらったとは言わなかった。

「少し、診せてもらっても良いですか? ああ、つけたままで良いので」と、レイ。

ルディが、レイの目の高さに手首を持って行くと、「これだけの魔力が練れる人なら…」と、レイは呟き、「ウィンダーグ先輩。これと同じものを、フェイド先輩にも持たせてあげて下さい」と言った。

「分かった。作り主に頼んでみる」と約束し、「君のことは言わないから、安心して」とルディが言うと、レイは笑顔で頷いた。


その夜、レナが「予知」の魔力を引き戻すのを確認してから、ルディは心の声でいつも通り、レナに話しかけた。

「レナ。緊急に頼みたいことがあるんだ」

「どうしたの? 慌ててるみたいだけど」と、その日の占い業が終わったレナは、弟に心の声を返した。

「僕の友達が、呪いをかけられそうになってるんだ。でも、人間だから、自分じゃ気づかない。それで、レナの作ってくれたアミュレットを渡したいんだけど…」と、歯切れ悪く言うと、

「待って。ルディにあげたアミュレットは、ルディ専用のだから、人間には効果はほとんどないわ」と、姉の反論が返ってきた。

「なんとかならないかな?」ルディは相当焦っているらしい。

「シエラさんに相談してみる。私に、人間用のアミュレットが作れるかどうか」レナはそう心の声を返した。

「頼んだよ。良い返事、期待してるね」と言って、ルディは心の声を切った。


その日、レナがいつものようにシエラの屋敷に召喚されると、レナは事情を説明した。

「人間用のアミュレットか。今のレナちゃんなら簡単に作れるよ」シエラはあっさり答えた。「魔術を習い始めた時より、『霊力』が上がって来てるからね。コントロールさえ覚えれば、問題ない」

「『霊力』って…ヒーラーやメディウムの使う力?」と、レナ。

「そう。よく勉強してるね。パンパネラは、主に魔力を使うけど、これも人間の使う魔力とは少し違う。それは、ウィンダーグ様の魔力の質と、あたしの魔力の質が違うのと同じだ」

幼いころから、両者の魔力を身近で感じて来たレナは、その違いを感覚的に区別した。「それは、なんとなくわかる」

シエラは一つ頷き、「人間の中でも、血筋や修業によって、『霊力』を持つ者もいる。そう言う人材が、ヒーラーやメディウムとして、人間社会で働いてる」と続けた。

「レナちゃんは、エリーゼから人間の血を受け継いでる。『霊力』が鍛えられる素養は元々あったんだ。あたしから『魔術』を教わる過程で、その力を知らずに体得してるんだよ」

そう言って、シエラは魔力で覆っていない、無防備な指先を、ろうそくの火にあてた。

シエラは指先に火傷を負い、痛みに片目をつむった。そして、赤く腫れた指先をレナに差し出した。「レナちゃん。この火傷を治してみて」

レナは、エリーゼに力を送った時や、ジーナの傷を治した時を思い出し、火傷を負ってるシエラの指に向けて、自分の指先から白い光を放った。

赤く腫れあがっていたシエラの指が、映像を巻き戻すように回復してく。

「よし。それが『霊力』だ」と、指の治りきったシエラが言った。「後は、アミュレットを作るときに、霊力を練って込めれば、人間用のアミュレットが出来る」

「分かった。もう一つお願いなんだけど、今日の授業はここまでにしてもらえないかしら? すぐにアミュレットを用意したいから」レナは弟の焦りが伝染している。

「それは構わないけど、焦って霊力を練りそこなったりしないようにね。隙だらけのアミュレットじゃ、つけてるだけ無駄だよ?」

シエラの魔力が減退し、視界がだんだん暗くなって行く。

「『仕事』は失敗しないわ!」とレナが声を返すと、レナの魂は体に戻った。


牙を隠す呪術をかける日ではなかったが、レナとルディは伝心術で日取りを決め、フェンスで仕切られた学校の裏庭でこっそりと会っていた。

レナが霊力を込めて作った、緑色のビーズのアミュレットを、フェンスの隙間からルディに手渡す。

「なんだか、このアミュレットぽかぽかする」とルディが言った。「なんの力が込めてあるの?」

「それは秘密。私も、色々言っちゃいけないことが増えたから」と、レナは説明した。

「分かった。ありがとう、急いでくれて」ルディはそう言い、「母様の分も作ってたんでしょ?」と聞いた。

「もちろんよ。もう、屋敷に送ってあるわ」

「さすが」そう言って、ルディはある気配に気づいた。

数年前、ルディにリンチをくわえようとした、「ピッグス」の連中だ。

「ほー。こそこそしてると思ったら、美人とお付き合いか?」と、ピッグスのリーダーが言った。

ルディの表情が変わった。「また噛みつかれたいのか? 臆病者共」と、挑発するようにピッグスを罵る。

だが、ピッグスの連中はニヤニヤしている。数人が、ぼこぼこに殴られたレイを連れて来た。レイは後ろ手に縛り上げられており、今にも気を失いそうだ。

「こいつがどうなっても良いなら、噛みつけば~?」と、以前ルディと殴り合いになった、アル・カーボンがせせら笑うように言う。

「人質か…。本当にお前は豚共なんだな」と、人が変わったように冷静な声で、ルディは返した。

「そのチビ助を…」と、リーダーの少年が指示を飛ばそうとした瞬間、ルディは人間を超える速度で移動し、レイを縛り上げていた少年達にあて身を食らわせ、呼吸が出来ないようにした。

急所への一撃を喰らった少年達は、息が止まり人質にかまっていられなくなった。その隙にルディはレイを解放した。

その途端、茂みの中から「ローラングループ」の面々が飛び出してきて、ピッグスの連中に立ち向かった。

「ルディ! 一人でカッコつけてんじゃねーぞ!」と、陽気にルークが言って、手近のピッグスの少年の後ろ頭を殴り飛ばした。殴られた少年は、脳震盪を起こして昏倒した。

大乱闘は一瞬だった。レイを縛っていた縄で、ピッグスの連中を無理矢理一か所に縛り上げると、新しいリーダーであるルークが、「じゃぁ、お説教くらいに行くか」と言った。

「内緒にしないの?」と、ルディ。

「こういう時は、正々堂々と報告したほうが勝ちだ」と、ルークが言うと、補佐役であるカルが「そう言う事」と言って、皆を連れて職員室に向かった。

フェンス越しにその一部始終を見ていたレナは、「これが男の子の世界か」と思って、感心したように拍手をした。