ルディ達は、職員室で、レイを助けるためにケンカになったと事情を説明して、保健室で治療を受けていたレイにも事情を話してもらった。
いつかの、ルディを叱った体育の教師が、ローラングループのメンバーに、また同じことを言った。「お前達は悪くない。だが、何度も言っている通り、やりすぎだ」
ピッグスの連中は、校舎裏で発見された時、縛られていた縄が手首に食い込みすぎて、もう少しで指先を壊死させるところだったらしい。
お説教から逃れてから、「アジト」に集まったローラングループのメンバーに、ルディは「なんで僕が校舎裏に居るって分かったの?」と聞いた。
「その前に、レイがリンチに遭ってるって、意外な人物からのタレコミがあったんだ」代表して、ルークが答えた。
「誰の情報?」と、ルディ。
「なんと!」と、ルークは大げさに指を立てて言う。「食堂のおばちゃん」
「えええええ?」と、ルディはルークの期待通りの反応をしたらしい。
「ウケるだろ? でも、真面目な話だよ?」と、ルーク。
「なんでも、レイが食堂を出ようとしたところを捕まったのを見たんだって」
足りない説明をカルが補う。
「それで、後を付けたらレイがリンチに遭ってて、ルディが何処に居るかを自白させられたらしい」
「そして、食堂のおばちゃんは、僕達を探し当てて、ルディ君に加勢してくれるように頼んだんだ」と、ネルが言う。「『普段仲良しでしょ。助けてあげて』って言ってさ」
「あの食堂のおばちゃん、相当切れ者だね」と言って、ルディ達は笑い話にしていた。
事件が治まってから、ルディはリムに「プレゼント」と言って、姉から受け取った人間用のアミュレットを渡した。
リムは、いくら友達とは言え、「自分の兄が奉公に行っている屋敷のご令息から頂いたものだ」と言う意識があるらしく、「ありがとう。大事にするよ」と言って、さっそく左腕につけていた。
ルディが一瞬イーブルアイを使うと、リムの肩の辺りにあった、人間の目に見えない靄が、魔力を持った者にしか分からない悲鳴を上げながら消えて行った。
女性のような声だった気がする、とルディは思った。
レイは、保健室の応急処置では足りないくらいのダメージを受けていたので、一時、病院に搬送された。
週末の休暇を使って、ルディとリムがお見舞いに行くと、ルディを見た途端、レイは泣き出してしまった。
「僕…僕…ウィンダーグ先輩のことを…」と、泣き声で言い、それ以上は涙と鼻水で言葉があやふやになるくらいだった。
「まぁ、まぁ、落ち着いて」ルディはレイをなだめた。「僕もリムも死んでないし、君がギリギリまでリンチに耐えてくれたから、目当ての物も手に入ったわけだし」
「目当ての物って?」リムが不思議そうに問う。
「それは内緒」と、ルディは目をそらして答えた。
「なるほど。良い立ち回りかたをしてくれたな、ミセス・ベアトリクス」と、電話越しにナイトが言う。
「つじつまを合わせるのも大変でした」と、しわがれた老婆の声でミセスは答える。「レナ様が巻き込まれなかったのが幸いです」
「だが、男子寮の生徒に面が割れてしまったわけだ」と、ナイトは心配している。「今後も、充分注意してやってくれ。何なら、お前、女子寮のほうでも働くか?」
「冗談はやめて下さい」と、ミセス・ベアトリクスこと、ジャンはつい変化を解いた声で返事を返し、咳き込んでごまかした。
何せ、その時、ジャンは給食係の仲間達のいる部屋の近くで、こっそり電話をしていたからだ。
「良いじゃないか。うら若き乙女達に、サンドイッチの注文を受ける生活が、人生に一度くらいあっても」と、ナイトは甘い声で囁く。
「それはですね…。男性なら嬉しいでしょうね? なんせ、私は今年で79歳のババアですから」と言って、ジャンは誘惑をはねのけた。
「気を悪くするな。唯の冗談だ」と言って、ナイトは内心、「ジャンは意外と潔癖だな」と思っていた。
レナから送られてきた、猫目石の銀色のブレスレットを利き手につけ、エリーゼは鼻歌まじりで、返事の手紙にチョコレートケーキの作り方を書いていた。
「上機嫌だな」と、ナイトが居間に降りてきて言った。「レナからか?」
「そうよ。今、返事を書いてるところ」とエリーゼは答える。「男の子のケンカを間近で見たのは初めてだったそうよ?」
「男同士の殴り合いなんて、女性の観るものじゃない」と、ナイトは父親風を吹かせた。「レナに『忘却』の魔術でもかけようか?」
「冗談はやめて」と、エリーゼ。「『すごく感心しちゃうくらいの早業で、敵をあっと言う間に倒していく様子は、舞台で観た殺陣みたいだった』ですって」
「攻撃的な淑女に育たないことを願うよ」と、ナイトは嘆いて見せた。
「じゃぁ、どんな風に育ってほしいの?」エリーゼは追及する。
「例えば」と、ナイトは言って、椅子からエリーゼを立ち上がらせ、抱き寄せると、「いくつになっても、常に月のように美しく」と言って、パチンッと指を鳴らした。
閉まっていたカーテンが開き、部屋の照明が消えた。防弾硝子に変えたての窓から、月光が、ナイトとエリーゼの影を映し出す。
ナイトは言う。「淑女たるべき慎みを持ち、なおかつ、夫のキスには必ず応える事」
「バトラー!」と、エリーゼが大声で呼んだ。愚直なしもべは、「お呼びでしょうか?」と、すぐに居間に現れた。
雰囲気を壊され、ナイトはもがいていたエリーゼを離した。カーテンが締まり、灯りが元通りに点る。
「エリーゼ。それは反則だよ」と、ナイトはソファに座り込んで愚痴る。
「淑女たるべき慎みを持ってる証拠よ? お馬鹿さん」と言って、エリーゼは夫の頬にキスをすると、レナの手紙を残して居間を去った。
この十数年、ほっぺにチューしかしたことないなぁと思いながら、ナイトは娘の手紙を読み始めた。