Silver Keys Ⅳ 序章

きょう、もじをおぼえるのも、しゅぎょうのうちだといって、おかあさんがぺーじのまっしろなほんと、はねぺんと、いんくのはいったびんをくれました。

なにをかこうかまよったけど、わたしがいつもひみつにしていることを、こっそりこのまっしろなほんにかくことにしました。

わたしのおかあさんはまじょです。

まりょくのやどったぬのをつくるのがしごとで、おうちにあるはたおりきで、たくさんぬのをおっています。

ちゅうもんをうけてつくるときもあるけど、ほとんどのばあいは、なんじゅうまいかのぬのができあがると、まちにうりにいきます。

まちにぬのをうりにいって、かせいだおかねで、おかあさんのためのしょくりょうや、ふしぎなおくすりをかってくるのが、おとうさんのしごとです。

わたしも、いちど、ついていったけど、まちのひとたちをみてると、おとうさんはとってもわかくて、ほかのおとなからみたらこどもみたいにみえるかもしれません。

せもひくくて、ひげもはえないし、しらがなんていっぽんもないんです。それに、おとうさんは、なんねんたってもずっとおんなじなんです。

おかあさんは、ゆっくりとしをとります。でも、おかあさんも、ときどきおとうさんとてをにぎると、のびたせがちぢんで、いつものおかあさんにもどります。

おとうさんは、ときどきたびにでます。「りーざのいうことをちゃんときくんだぞ」といっていきます。りーざというのは、おかあさんのなまえです。

でも、おかあさんは、じぶんのなまえをかくしたがるので、わたしも「りーざおかあさん」とはよびません。おかあさんは、わたしにおかあさんのことを「みりぃ」とよぶようにいいます。

わたしのなまえは「とりる」です。でも、ほんとうのなまえをかくすのがまじょのおしえだといって、おかあさんはいつか「かりのな」というのをわたしがじぶんでかんがえるようにいいました。

おかあさんのほうんとうのなまえと、わたしのほんとうのなまえをよんでいいのは、おとうさんだけです。

おとうさんは、おかあさんとわたしのたいせつなひとだからです。


おとうさんは、よるでもよくめがみえて、つきあかりのあかるいひは、わたしをときどきよるのさんぽにつれていってくれます。

よるのさんぽで、よくとしをとった、ぼこぼこのおおきなきをみつけると、おとうさんはにやっとわらって、「とりる。ちょっとはなれてろよ」っていって、きのみきにてをあてます。

そうすると、おとうさんがてをあてたきは、ばりばりというおとをたてながら、すらっとしたほそいきにかわります。

そうしたあとは、おとうさんはきまって「ごじゅうねん」とか、「きゅうじゅうねん」とか、わたしにはまだいみのわからないことばをつぶやきます。

きっと、きがほそくなることと、そのことばのあいだには、なにかかんけいがあるんだとおもうけど、わたしにはまだよくわかりません。

おとうさんがながいあいだたびにでるときは、おかあさんはどんどんかわっていきます。

せがたかくなって、むねがふくらんできて、おしりがおおきくなります。でも、だいじょうぶです。

おとうさんがかえってきて、おまじないのあくしゅをすると、おかあさんはもとどおりのおかあさんにもどります。

だけど、わたしがしっているかぎり、おとうさんがながくたびにでたのは、いっかいきりです。

おとうさんは、「とりるがいちにんまえのまじょになるまで、そんなにながたびはしないからあんしんしろ」っていってくれます。


わたしも、さいきんちょっとだけまじゅつをおぼえました。

つめをきるまじゅつと、かみをじぶんのすきなかたちにととのえておくまじゅつです。

「せいかつまほうというのよ」といって、おかあさんがおしえてくれました。

くわしいほうほうは、もじじゃちょっとあらわすのはむずかしいんだけど、かぜをおこすまじゅつとみずをあやつるまじゅつの「おうよう」なんだそうです。

わたしのかみのけは、おかあさんともおとうさんともにていません。おかあさんはまっしろなかみをしていて、おとうさんはきれいなほのおみたいなまっかなかみをしています。

わたしだけ、なぜかきんいろをしたかみなので、おかあさんみたいなまっしろなかみのけにするほうほうを、いつかならおうとおもっています。


たいへんなことがおきました。いつもの、よるのさんぽからかえってきたおとうさんが、あしをどくへびにかまれていたのです。

おとうさんは「おれは、からだがじょうぶだからしんぱいするな」っていってるけど、かおがあおざめていてとてもつらそうです。

おかあさんのつくった、「げどくざい」というおくすりをつかったあと、おとうさんはすうじつかん、ゆかにしいたおふとんのなかでねむっていました。

わたしは、おとうさんがそのまましんじゃうんじゃないかとおもって、おとうさんのしんぞうがちゃんとうごいているか、むねのおとをきこうとしました。

でも、おとうさんのむねからは、しんぞうのおとがなんにもしないんです。のどのぜーぜーいってるおとだけがきこえました。

わたしは、おとうさんをおこしてききました。「おとうさんは、なんでしんぞうのおとがしないの?」って。

そしたら、おとうさんは「とくべつせいだからだよ」っていって、わたしのあたまをなでました。

おとうさんは、なにかごまかそうとするとき、よくわたしのあたまをなでます。きっと、かくしておかなきゃならないことがあるんだとおもって、わたしもたくさんはききませんでした。


おとうさんが、おふとんからおきられるようになりました。きっと、おかあさんのつくったくすりがきいたんです。

つきのあかるいひ、ひさしぶりに、さんにんで、よるのさんぽにいきました。

おかあさんにだっこをたのんだのですが、「とりるは、もうわたしのうでじゃもてないわ」っておかあさんがいったので、おとうさんにだっこしてもらいました。

おとうさんは、せはふつうのおとなよりひくいし、うでもあしもほそいけど、とてもちからもちなので、そろそろななさいのわたしのことも、かるがるとだっこできます。

でも、だっこしてくれるたびに、「とりるも、おおきくなったなぁ」っていいます。

わたしのせがもうすこしおおきくなったら、おとうさんも、もうわたしのことをだっこできなくなるでしょう。

おもたいからじゃなくて、わたしのおおきさが、おとうさんのうでにおさまりきらなくなるから。

でも、だいじょうぶです。そのときは、きっとおとうさんがおまじないのあくしゅをしてくれるもの。

いつかいちにんまえのまじょになるのもいいけど、このまま、なんにもかわらないおかあさんとおとうさんといっしょにくらせたらいいなぁっておもっています。