Silver Keys Ⅳ 1

石造りの屋敷が多いディーノドリン市のパルムロン街。双子の姉弟、レナとルディの家はそこに在る。今年で15歳になる二人が生まれる前は、かなり有名な繁華街だったらしい。

だが、二人が成長する頃には、主に賑わっているのは、駅を二つ離れたシルベット街になっていた。大きなショッピングモールが出来て、市民や観光客の人気を奪われたのだそうだ。

双子は、何せ忙しい。何故なら、学校を卒業すると同時に、未開の地へ二人で旅に出ようと計画しているからだ。

おまけに、つい先週も、姿を見せない「敵」からの襲撃を切り抜けたばかりだ。

レナが、久しぶりに占い業を休んで、早めに眠ろうかと寄宿舎のベッドで横になって居た時、誰かの気配がした。

ルディの心の声が聞こえてきたわけではない。もちろん人間の気配でもない。

レナがイーブルアイで部屋中を観ると、黒い煙のような姿をした、何かの霊魂が、部屋の隅からレナの寝室に侵入しようとしている所だった。

レナは、反射的に胸の前で向い合せた手の平の間で魔力を練り、侵入してきた霊魂を押し返すように部屋全体に結界を張った。

老人のようなうめき声を発しながら、黒い煙状の霊魂はレナの部屋から追い出された。

レナは、すぐに男子の寄宿舎に居るはずの弟に、心の声を送った。

「ルディ。また来たわ! 私の部屋からは追い出したけど、そっちに向かってる。すぐに霊剣を用意して!」

「また来たの?!ちょっと待って、すぐ部屋に行くから!」ルディの慌てた心の声が帰って来た。どうやらまだ部屋に居なかったらしい。

「霊剣は普段から持ってなきゃダメって言ったじゃない!」と、レナは心の声で弟を注意した。

「不良じゃないんだから、普段から刃物なんて持ち歩けないよ!」と言って、ルディは自分の寝室に飛び込むと、いつも枕元に置いている小さなナイフを手に取った。

その瞬間、何かが近づいてきた。怖気のようなものがルディの体に走る。「今回の奴、相当性根が悪そうだ」と、イーブルアイを光らせたルディが心の中で言う。

「霊剣で追い払っても駄目だったら、私がそっちに飛ぶわ。部屋から逃がさないように注意して」と、レナの指示がルディの頭の中に届く。

「もちろん。何体居るかくらいは把握しておくよ」そう言って、ルディはジャケットを脱ぐと、両目を真っ赤に光らせ、忍び込んできた霊体に向かって刃を振るった。


ルディも苦闘したが、なんとか5体の煙のような霊魂を切り刻み、開け放った窓から、羽を使って近くの木の枝まで瞬間的に飛翔すると、その枝にとまっていた霊魂を纏った鳩にナイフを突き立てた。

胸をナイフで貫かれた鳩は、即死した。「ごめんね」とルディは鳩に言った。霊剣の力で、鳩の霊体は消滅してしまった。

「レナ。憑代は始末した」ルディは部屋に戻り、姉の心の声を送った。「そっちに霊体は残ってる?」

「こっちには来てない」レナの心の声がする。「でも、油断できないから魔法陣を起動させておきましょ。ルディ、魔法陣の使い方は忘れてない?」

「覚えてるよ。外国語より丸暗記するほどね」ルディは部屋の洗面台で返り血の始末をしながら心の声を返した。「これで、今週3回目だし。敵としては、羨ましくなるくらい暇な連中だね」

「ほんとにね。私も、ずっとこの部屋に住めるんだったら、固定結界はりたいくらいだわ」と、レナも心底飽き飽きしたと言いたげに声を返してくる。

双子は、自分達の命を狙う者達の存在を、ずっと以前から知っている。

まだお互い「戦う力」が無かった時は、その存在を脅威に思ったが、何度も戦闘を繰り返していくうちに、慣れっこになって居た。

ベッドの真上の天井に、魔法陣の描かれた小さなステッカーが貼られている。双子は、魔法陣を有効化させるために夫々の部屋のステッカーに自分達の魔力を送った。

イーブルアイを発動させないと見えない光が、ステッカーの魔法陣からベッド全体を包み込む。

ルディはパジャマに着替え、魔力を送った本人にしか侵入できない結界に包まれたベッドにもぐりこんだ。「今度、ロドスキーさんにお礼言わないとね」と、心の声でレナに話しかける。

「誕生日プレゼントにお礼はおかしいんじゃない?」と、レナは言ったが、「でも、私達が無事に睡眠が取れるのは、ロドスキーさんのおかげよね」と返事をした。

「僕達って、結局、なんにもしなくても鍛えられてるよね」と、ルディ。

「協力者と、創意工夫の成せる業よ」と、レナ。「人生には何も無駄なことはないの」

「誰の言葉?」と、からかうようにルディは聞く。

「何処かの偉人。もしくは、ものすごく楽天的な人生を歩めた人」レナは皮肉気に声を返し、「安全が保障されてるうちに、眠りましょ」と言って、呼吸を落ち着け始めた。

「明日も遅刻せずに授業に出られますように」と言う、眠りの前の弟の祈りが聞こえて、レナは思わずふきだした。


そんなわけで、双子は襲撃から身をかわしながら、勉強や旅の準備をするため、週末の休暇を使ってシルベットの街に来ていた。

今まで双子が襲われたのは、主に学校だ。犯人は、二人がラグレーラの寄宿学校に居ることは分かっている。ならば、外で人間に紛れてしまえば、そう簡単に見つけられないだろうと思ったのだ。

天気の良いお昼、前払い制のオープンカフェで夫々の勉強について報告し合い、何処か知識に偏りは無いかや、夫々の能力で役割を決められる部分を話し合っていた。

話し合うと言っても、伝心術と読心術を使い、声は出していない。他人から見たら、カフェでゆっくりお茶をしているだけに見えるだろう。

「お話し中、申し訳ない」と言って、誰かが声をかけてきた。山高帽を被った、老紳士だ。双子が話しているのを分かったと言う事は、魔力を持った者か。

「これを落としませんでしたか?」と言って、老紳士が差し出した手紙を受取ろうとしたルディの手に手紙が触れる前に、レナが魔力で手紙を弾き飛ばした。

ルディも、レナが魔力を使ったことが分かり、イーブルアイを発動して手紙を見た。手紙の隙間から、ギリギリと音を立てながら「何か」が外に出ようとしている。

呪い文か、と気づいたルディは、隣の椅子に置いていた荷物をひったくると、席を立ち、同じくバッグを手に取ったレナの手を引いて、人ごみの中を逃げ出した。

レナは一瞬振り向き、呪い文に「錯乱」の魔術をかけた。

老紳士は何事も無かったかのように手紙を拾おうとして、呪いが逆転していることに気づいた。文に込められた呪いが自分に危害をくわえようとしていることを察し、手紙を振り払った。

老紳士が双子の姿を探そうとした時、レナとルディは人垣のずっと向こうに姿を消していた。