ステファニーが自宅で眠りに就くと、誰かが呼んでいる気がした。「ステフ。ステフ。起きなさい」と、懐かしい声がする。
ステファニーは、飛び起きて「おじいさま?」と呼びかけた。「私、今、おじいさまの仇を…ううん。おじいさまみたいな被害者を出さないように、ウィンダーグ家を滅ぼそうとしてるの」
「何を言っているんだい。全部悪い夢だよ。悪い夢だ」
と、ステファニーの祖父は言った。
「昔言った通りだろう? 大人になったステフは、小さな頃のままだ。金色のサラサラの髪も、シアンの目もそのままだ。すらっと背が高くなって…」
そこでステファニーの祖父の声は消え、「何か」の声がした。
「妖術だ。騙されるな。お前の祖父は狂い死んだのだ」「犯人はナイト・ウィンダーグ」「お前の祖父を殺して、何の罪も着せられずに平穏に過ごしている」
わらわらと集まって来ようとする靄のような「何か」を追い払うように、虹色の光を放つ白い女性の霊体がステファニーの前に現れた。
ステファニーは、その光を放つ女性を、女神のようだと思った。
女神のような霊体が辺りを一瞥すると、「何か」達は怯えたように姿を散らした。
「あなたは、何故自分のおじいさまが殺されたか、考えたことはある?」と、女神はステファニーに聞いた。
「理由なんて知らない…」ステファニーは答えた。「考えてる暇なんて…無かったから…」
「ナイト・ウィンダーグの妻を殺そうとしていたからよ」と、女神は答えた。「子孫を絶やし、ウィンダーグ家を滅ぼすために」
ステファニーは、祖父が自分と同じことをしようとしていたと気づき、一瞬混乱した。
女神の言葉は続く。「あなたのおじいさまは、元はとても良い刑事だった。でも、ウィンダーグ家の権威を乗っ取ろうとする者達に操られて、自分を失ったの」
段々、光が強くなっていく。その間も、女神は話し続けた。
「もう一度考えてみて。あなたがしようとしていることは何? 誰のためなの? なんのためなの?」
「私は…『何か』に導かれて…」と、ステファニーが言うと、「もう一度確かめなさい。その『何か』が、なんなのかを」と言って、女神の姿はホワイトアウトした。
レナは、紅水晶のペンダントのある場所に飛ばしていた霊体を自分の体に戻し、初めて使った術に疲労感を覚えていた。
体が留守になる間、結界と一緒にレナの様子を見守っていてくれたジーナが、「上手くコンタクトが取れたようね」と言った。
「ええ。『本人』は意外と冷静だった」と、レナはジーナに言う。
実際コンタクトを取って、初めて気づいたが、おそらくステファニー・オークランドは、かつてナイト達が呪殺した闇の者の霊魂に操られているのだ。
覚醒したての、自分の意思と外部の霊体の声の境界が分からない術者の意識に、闇の者の霊魂が入り込み、正常な判断をさせなくしていたのだろう。
そして、ステファニーが「何か」と呼んでいた、闇の者の霊体は、彼女を死霊使いとして育てた。
自分達が術者を憑代とし、なおかつ定期的に「血」にありつけるように。
ジーナがレナの肩に手をかけ、消耗した魔力を分けたくれた。「もう一仕事よ。頑張って」と言って、ジーナはレナの肩から手を離した。
ステファニーに「きっかけ」は与えることが出来たが、それだけでは「何か」に抵抗するには足りない。レナは、霊力の一部を紅水晶のペンダントに送った。
ステファニーの意思の中に、「理性」を呼びこすことが出来るくらいの力を。
引っ越し間際のシエラは、紅水晶のペンダントに固定しておいた魔力の構造が変更されていることに気づいた。
自分のほうで魔力を削除しようとしたのだが、その必要もないらしい。レナが、あのペンダントを何か有効なことに使っているなら、それで良いだろう。もう、レナをこの屋敷に呼ぶことも無いのだ。
シエラは、各部屋に設置した「力場」と、新しく住み替える屋敷の夫々の部屋の位置が、正確に関連付けられているかを確認してから、見取り図を閉じた。
それまでその部屋中を覆っていた魔力のこもった布を片づけた一室は、仕上がった薬の入った瓶と、様々な書物が、棚に収まり壁を埋め尽くしている。
屋敷の近くに、「悪意」を持った誰かが近づいてきているのが分かった。
「あんた達の相手をしてる暇はない」と言って、シエラは印を組んだ手の中で魔力を練ると、床に手をつき、屋敷の内部全体に行き渡る量の魔力を放出した。
シエラの屋敷は、中身が全部新しい屋敷に「転移」した。
黒い警官の制服を纏った敵が辿り着く頃には、引っ越しの済んだ空っぽの屋敷が残っているだけだった。
その宵、ナイトは、トランチェッタ―地方の山奥に向かう夜行列車に乗っていた。
冷やかしになるかも知れないと言うことは重々承知で、お詫びがわりに手荷物として持てる範囲のアンティーク細工を持ってきた。
20年前の記憶を蘇らせると、あの伯父は、伯父と呼んでも良いのかわからないくらい若く、軽い性格で、最近のことを思い出しても、悪戯好きな所は変わってないと見受けられる。
だが、書斎に住んでいるもの達が勧めてきたのには、何かわけがあるのだろうと思いながら、ナイトは無人駅で列車を降り、目隠しの靄で体を包むと、羽を使って国境沿いの山まで飛翔した。
一度訪れたのが20年前と言っても、山の様子はそれほど変わっていない。時間軸の狂った若木が少し増えているだけだ。
ナイトが、山脈の中腹付近で地面に着地し、深い森の中を、昔の記憶を思い出しながら、伯父の住んでいるはずの岩屋を探していると、不意に頭の上から「よぉ。ご当主様」と、伯父の声がした。
外套の切れ目からのばした羽をはためかせながら、鮮やかな赤毛の少年が地面に降りてくる。「礼と取り立てはこの間済ませたが、何の用だよ?」
「面と向かって話すのは20年ぶりですね。リッド伯父様」ナイトは自分が雰囲気を気にしていたのが馬鹿らしくなってきた。「相変わらず、13歳くらいにしか見えない」
「健康に良いものしか食ってないんでね」と言って、赤毛の少年はにやっと笑った。
