冬が来ると、トリルと一年近づいた気がする。でも、夏が来ると、トリルが一年遠ざかる。なんの話かって? 年齢だよ。
仕事を始めて一年経ったけど、未だに俺は子供のままだ。腕や脚だって、力は付いたけど、細くなるばっかりで全然強そうに見えない。
セレネ、ふざけないで聞いてくれ。今、俺はどんな状態なんだ?
セレネは、オークだけど、トリルと年も近いし、トリルの気持ちもわかるんじゃないか?
え?「えんきょりれんあい」で「かたおもい」って…なんて意味だ?
よく分からないけど、説明できない言葉なら使わないでくれ。頭がすっきりしなくなる。
セレネ。ふざけないでくれって言っただろ? 俺はトリルのことが知りたいんだ。お前が居てもしょうがないだろ?
な。なんで泣くんだよ。俺、何か悪いこと言ったか?
違う。お前がオークだからって、差別してるわけじゃない。でも、お前が醜いかどうかは…俺には分からない。
同じオークの仲間に聞いてみてくれ。差別じゃなくて、それは同じ種族じゃないと分からないことだと思う。
だから、差別はしてない。そうだな…「五月の葉を付けた若木みたい」かな。
ん? ああ、オークをほめる時にはそう言えって、トリルが…。いてっ! なんで殴るんだ?
久しぶりだな、ルオン。俺の喋り方が変わった? たぶん、人間と話すことが多くなったら、話し方が移ったんだろう。
もちろん、ちゃんと仕事はしてる。通訳と防犯と道案内。「けいさつかん」ってなんだ? ふーん。人間の世界の職業か。
この左目か…。ちょっと、しくじったことがあってな。ナイフの間合いを測り損ねたんだ。それで、少し目の表面に傷がついた。
ナイフの傷は、俺の父さん達には治せない。鬼火の魔力は、あんまりヒーリングには向いてないんだ。
トリルの父さん達には話して無い。全然見えないわけじゃないからな。焦点が合いにくいだけだ。
右目だけでも、間合いを測ったり、誰かを見分けたりは出来る。
傷が増えたって? ああ、最近、魔獣狩りが横行してるんだ。「神」とやらの名の元に、生贄がほしいらしい。そいつらから、この山の闇の者を助ける機会が増えた。
半年くらい前からかな。奴等は、トリルの母さんの魔力の質を分析して、結界を部分的に破って侵入してきてる。蟻が、土の柔らかい部分を探し出すみたいにな。
ルオン。今年の祭が無事に終わったら、手伝ってくれ。トリルの父さんの情報では、人間の世界で「降誕祭」ってものが行われる前日に、この山に大規模な夜襲が来るらしい。
山の男達、総出で反撃する。女達は、籠城の準備と結界を強化する役割をする。
おい。生きてるか? ルオン。なんとか追い払えたな。どうした、その笛…。ピューターの形見? どう言う事だ?
敵が、迂回したルートから? もしかして、あの馬鹿、一人で…! 一緒に居た? 誰が?
そんな…。なんでなんだ。なんで、ララを残して…。
馬鹿野郎! 惚れた女の前で死んで、なんになるって言うんだ! ピューター、お前の馬鹿面、死んでも忘れないからな!
父さん、ただいま。ピューターの弔い合戦は、終わったよ。ピューターは生贄にされて、肉を焼かれて食われてた。ピューターの肉を食った奴は、全員腹の皮を引き裂いてやった。
「殺人鬼!」って、「降誕祭」に集まってた生き残りの誰かが、俺達に叫んでた。自分の仲間が食ってる肉が何かも知らないで。
ララ。落ち着いて聞いてくれ。ピューターは、いつか、お前と「ホーム」を作ることを夢見てた。夫婦でフルートを吹いて、祭りを盛り上げるって言ってた。
たぶん、あいつも、「ホーム」ってものも、「夫婦」ってものも、よく分かって無かったと思う。だけど、あいつはすごくお前のことを思ってた。
もし、お前の気持ちに余裕があるなら、この笛、受け取ってやってくれ。ピューターの形見だ。
この先、お前が誰かを気に入っても、誰と別れても、ピューターはいつもお前といるよ。
泣かないでやってくれ。あいつは、お前の笑った顔が好きだったんだ。
また、夏が来たら、いつも通りに、笛を吹いててくれれば良い。いつもそうだったろ? お前達は、怒りたくなるくらい、底抜け抜けに明るいんだから。
父さん。人間は、不安な時に「神」に祈るらしい。でも、その「神」は、闇の者を生贄にして、焼いた肉を人間が食っても良いとしているらしい。
俺は人間だけど、闇の者の肉を食いたいとは絶対思わない。そんなことを許す「神」は、名ばかりの気狂いだ。
俺は、不安な時に何に祈れば良いんだろう。
また夏至が来るな。もうすぐ、烏の姿のエドナが、故郷のこの山に帰ってくる。そしたら、祭の準備だ。祭の日だけは、自由にはしゃいでても良し。
だけど、ひとつだけ注意だ。いいか、人間って言うのは、鬼火や闇の者より耐久性が無い。笑って窒息して死ぬこともあるし、嘆きのあまりに突然首筋を切る奴だっている。
そう言う、少し脆い生き物なんだ。魔術師や魔女でも、一応人間だ。お前達が全力ではしゃぎ回ったら、魔術師達が全員卒倒しないとも限らない。
そうなれば、祭自体の存続が危うくなるから、はしゃぐのもほどほどにしろよ?
