Tale's talk 3

父さん。トリルが帰って来てた。今朝偶然会ったんだ。祭に参加しに来たそうだ。その時、トリルが目を治してくれた。

今は、右目も左目もはっきり見える。目が元に戻ったのは良いけど、トリルがすっかり変わってるのもよく分かった。

別に悪い意味じゃない。けど、なんて言うか…俺達とは全然別の人間になったみたいに見えた。山の者の気配が無くなったからかな。背も伸びてたし、顔つきも体つきも全然違う。

ふーん。成長期ってものなのか。

話したいこと、いっぱいあったはずなんだけど、今のトリルとはすごく話づらかった。トリルを嫌いになったわけじゃない。唯、なんて言うか…たぶん、また俺がおかしくなってるんだ。

ピューターの奴は、俺がトリルのことを気にしてるのは、トリルに心を預けられると思ってるからだって言ってたけど、今は心を預けるって言うより、トリルの心を理解したいって思ってる。

トリルは、俺のことを、まだ昔のままだと思ってるみたいだ。

この山に人間達の夜襲が来たことも、俺が、ピューターの肉を食べた人間を殺したことも知らない。

知らせないで良い事だと思うし、祭を楽しみに来たトリルに余計なことは話すべきじゃないって思った。

父さん達の言ってた、よそ者のウサギは、トリルに仕えてる執事だそうだ。

トリルも、他の魔女と同じように「仮の名」を名乗ってた。でも、たぶんその名前で呼ぶことに成ったら、俺はトリルを忘れちゃうんじゃないかと思う。

目のお礼? そうだな。魔除けになるナイフが良いかもしれない。ちょっと、黒曜石採ってくる。


難しいことになった。トリルについて俺が聞くと、トリルの父さんは良い顔をしないのは分かってたけど、ついにトリルの父さんから、「お前はまだ男じゃない」って言われた。

これから5年間、いつもの仕事をしながら、トリルの父さんから鍛錬を受けることになった。

きっと、悪い事じゃない。トリルの父さんは、俺がトリルにふさわしい男になるように、鍛えてくれるつもりなんだから。

俺は、トリルが、安心して心を預けれくれるような、そんな存在になりたい。


前に夜襲があった時、結界を強化しただろ? でも、まだ「悪意ある者」達は、山に入り込んでくる。強力な反魔術を使っているんだろう。

父さん達も警戒してくれ。さっきも、ゴブリンのレーシーが、侵入者に狩られるところだった。

闇の者だけじゃなくて、普通の獣達も、よく注意して見守らなきゃならない。

子連れの母熊を銃で撃とうとしてた奴が居らから、銃を取り上げて追い払った。殺してやりたいところだったけど、死んだ者は何も言えないだろ?

この山は、唯の狩場じゃないことを、他の人間に知らせてもらわなきゃならないからな。


トリルの父さんが、卵料理ってものを教えてくれた。町から買って来た、雛に成らない鶏の卵を使って、牛の乳と塩と薬味で味付けして溶いた卵を、フライパンって言うもので焼くんだ。

オムレツって言う料理らしい。上手く半月型にひっくり返すのがコツだって。焼け具合と火加減に注意すれば、そんなに難しい料理じゃない。

オムレツは陶器の皿に載せて、フォークとナイフを使って食べる。こぼさず、食べ残さず、皿とフォークなんかをガチガチ言わせないように食べなきゃならない。

テーブルマナーって言うんだそうだ。

トリルの父さんは、卵は食べないから、トリルの母さんが手本を見せてくれた。


料理はだいぶ覚えてきた。この頃、トリルの父さんはバイオリンって言う、ビオラに似た、ビオラより音の高い楽器の弾き方を教えてくれるようになった。

トリルの父さんの真似をして、何度も弾いたけど、一日で覚えきれるもんじゃないようだ。

これからしばらく、バイオリンの鍛錬が続くと思う。


最初にその異変に気づいたのは、旅から帰ってきてたルオンだった。いつも通り、冬至の祭を開いていた森の中で、酒をちびちび飲みながら、ルオンが時々、ビオラの音がする方を見ていた。

ビオラを弾いているエドナが、一曲を弾き終っては、苦しそうに息をついていた。

「恐らく、胸を病んでるね。それもかなり悪化している。きっと、祭に参加するために無理に旅をしてきたんだ」

ルオンがそう言ってた通り、エドナは「これが私のお別れの曲です」と言って、最後に月に吠える狼の鳴き声みたいな曲を弾き終わると、そのまま倒れ伏した。

みんな、エドナの名前を呼びながら、すっかり顔も青ざめて痩せたエドナの周りに集まった。

「エドナ、息をしてないわ」って、ララが言った。「リッドを。リッドを呼んできて!」って言うララの叫び声を聞いて、トリルの父さんが人垣の中から姿を現した。

トリルの父さんが、エドナの胸の前に手をかざすと、途端にエドナが目を開いて、咳き込んだ。

「肺と心臓が動く分だけもらったよ」って、トリルの父さんは言って、すぐにエドナから離れた。

病の苦しさからか、エドナはうっすら涙ぐんでいた。


エドナは飛んで帰る余力が無かったから、主人の魔術師に迎えに来てもらった。

朝の光を浴びる前に、エドナは俺に伝言を残した。「夏至の祭に来てたウサギに、これを渡してあげて」って、このビオラを差し出してきた。

朝日が昇って、烏に戻ったエドナを引き取ると、かなり高齢の魔術師は、「さぁ、家に行こう」って、エドナに呼びかけながら山を去った。