Tale's talk 4

今年の夏至の祭の時に、トリルと、ちゃんと約束した。「申し込み」に近い約束だけど、トリルは「待ってる」って言ってくれた。

それだけで、なんだか気持ちが違うんだ。

血まみれになっても、泥だらけになっても、トリルはいつも俺の心の中にいる。そんな気分になるんだ。


トリルが帰る日の昼間、トリルの心の声が聞こえてきた。トリルが、何かに追い詰められてるのが分かった。

遠距離から、トリルのいる岩屋を見ると、黒い霊体が見えた。その霊体が、トリルの命を狙ってのはすぐに気づいた。

トリルの父さんと母さんは、気づいていない。たぶんあの霊体は、トリルが眠っている間に、「夢」の中に侵入して、トリルの精神を食い殺す気だったんだ。

俺が岩屋に駆け付ける前に、誰かの魔力の気配がした。何かがトリルの夢の中に「転移」してきて、黒い霊体を封じ込めた。

でも、黒い霊体はまだ活動してた。俺は心の声で、トリルに、その霊体にとどめを刺せって言った。

岩屋から、黒曜石のナイフに込めていた鬼火達の魔力が解放された。トリルを殺そうとしていた霊体は抹消されて、トリルは無事に意識を取り戻した。

その時、きっと、トリルも何か背負っていたものがあったんだって、俺は思った。

ピューター、俺は、お前みたいなドジは踏まない。

知ってるか? お前が居なくなってから、時々ララは隠れて泣いてるんだぜ?

惚れた女を悲しませるような、間抜け野郎には絶対ならない。


街に帰るトリルに、翡翠のペンダントを渡すとき、ちゃんと声が聞こえてたことを話したら、トリルは泣きそうな顔を無理矢理笑わせてるような、変な顔してた。

ペンダントのお礼だと言って、トリルは羊皮紙に描いた地図をくれた。羊皮紙に触れた時、トリルの魔力で描かれてることが分かった。

トリルの分身をもらったみたいで、あれからその地図は肌身離さず持ってる。

トリルの父さんは、相変わらずだ。俺とトリルが話してると、良い顔はしない。


俺も、喉が荒れてるみたいに声が低くなってきた。

ルオンは、「人間の男の子が、大人になるときに起こる現象のひとつだよ」って言ってた。俺も少しずつ大人になってるって確認できた。

だけど、勉強不足な部分はまだある。

トリルの父さんは、俺に、話し言葉だけじゃなく、文字の書き方を教えてくれた。

文字は、子供の頃のトリルが、空中に光の文字を書く時があったから、すぐ覚えられた。

本の読み方も習った。トリルの母さんが持ってた、古代の神々の物語を綴った神話の本を読むと、街の人間達が信仰している「神」の話とは、全く違った物語が書かれていた。

ピューターの血族の話も出てきた。パン神族の話。やっぱり、昔はピューターの血族も、あいつが言ってた通り牧羊神として崇められてたんだ。

いつの間にか、「神」ってものが幅を利かせてきて、自分以外の「神」は、人の心を惑わせる「闇の者」だってことにしてしまった。

それから、多くの「古代の神々」は、人間の住む世界から追い払われて来たんだ。

そして今、追い払った「闇の者」が、隠れ住んでいる世界にまで「神」を信仰する連中は押しかけて、自分達の「神」が追い出した「魔物」だとして、闇の者達を狩って見世物にしようとする。

ピューターの亡骸が、どんな仕打ちにあったかは知らない。知りたくもない。最後は焼かれて食われたってことを知ってるだけで、充分だ。


トリルのくれた羊皮紙の地図を頼りに、山を越えて反対側のベルクチュアの国に少し行ってみた。

同じ山なのに、そこはもうトリルの母さんの結界は届いてなくて、山の管理をしているのも普通の人間だった。

軽装だった俺を見つけて、「どうした? 道に迷ったのか?」って、山の管理人は異国の言葉で話しかけて来た。

術を使って話そうかと思ったけど、怪しまれるだけだから、一緒についてきた鬼火の弟達の魔力を使って、俺の言葉を訳してもらった。

「山の反対側から来た? おいおい。早く帰ったほうが良い。密入国者は、取り締まられるんだぞ」

って親切なベルクチュアの山の管理人は言って、俺を山のてっぺんからまたデュルエーナのほうに帰してくれた。

「もし、ベルクチュアに来たかったら、パスポートを手に入れてからにしろ」って言われたけど、パスポートってなんだろうな?

ルオンはもう旅に出てしまってるから、やっぱりトリルの父さん達に聞くしかないか。


エドナが息を引き取ったと、「伝令」の魔術で知らせが来た。エドナの主人の魔術師は、「エドナが愛した、この故郷の地で眠らせてあげて下さい」って言って、葬儀を山の中で行なった。

生前のエドナと所縁の深かった者達は、進んで葬列に参加した。

エドナの主人の魔術師が、気を利かせてエドナを人間の女性の姿に変化させてくれていた。

魔術師達は、みんな黒い服を着ていた。俺も、トリルの母さんが用意してくれた黒い服を着て葬列に参加した。

肘とか膝が少し窮屈だったけど、トリルの父さんは、「人間社会の礼儀ってもんだ」って言って、「たい」って言う黒い太めの布の紐を、俺の首に飾り付けてくれた。

エドナの亡骸は魔力でエンバーミングされてて、顔も血色がよく、腕や体は服で隠されていて、倒れた時の青白く痩せ細った姿じゃなかった。

ララが、「眠ってるみたいね」って言ってた。

「穏やかな夢だと良いな」って俺が答えたら、ララは「私、ピューターのことも、エドナのことも忘れない。二人とも、腹の立つお別れしかしないんだから。一生呪い続けてやるわ!」って言ってた。

俺達が「『神』に追われる者達」だとするなら、俺はこの山に住む者達を守り続ける。

そして、人間の街で生きてるトリルを、いつか迎えに行く。トリルが、安心して心を預けてくれる男になって。