天と地と 2

宿を後にしたリオナは、エリックの力を借りて、街明かりの届かないギリギリを飛翔し、少女の霊が居る場所に辿り着いた。

少女の霊は、不思議そうな顔でエリックを見た。また逢うとは思っていなかったらしい。

ローブ姿の魔女の気配を感じて、少女は不安げな表情を浮かべた。

「怖がらないで」と、エリックは言った。「さっき言った人だよ。僕が一緒に旅をしてるって」

リオナも、少女を警戒させないように表情を緩めて、「はじめまして。私はリオナ」と名乗った。

「私はシオン…」と、少女は困ったように言う。

「魍魎に指を取られたんですって? 見せてみて」と、リオナは話を急いだ。何せ、飛行船の出発時間まで、そう間が無い。

シオンは、恐る恐ると言う風に左手を見せた。

「この傷…もぎ取られた傷じゃないわ」とリオナは言った。「あなた、魍魎達から逃げるために、小指の霊体を切り落として与えたのね」

「元には戻せないの?」と、エリックも話を急ぐ。

「魍魎達に食われたこの子の霊体を、取り戻すしかない」

リオナはきっぱりと言って、シオンに言い聞かせた。

「シオン、あなたには重要な仕事があるわ。あなたを探しに来たお母さんを、ちゃんと天に導くっていう仕事が。そのためにも、正直に答えて。小指を切り落とした場所は何処?」

シオンは涙目になったが、泣いている場合ではないことを自覚し、リオナに右手を差し出した。

リオナがその手を、魔力を持つタトゥーの施された右手でつかむと、街の詳細が頭の中に入ってきた。少女の埋葬された教会の墓所に、悪質な気配を発している魍魎達が居る。

「埋葬されてすぐ魍魎に見つかったのか…」リオナは呟いた。シオンが、無言でうなずいた。

リオナは、シオンの肩に手をかけ、「事情は分かった。出来る限りのことはする」と約束をして、エリックを振り返ると、「エリック。この街の教会まで運んで」と声をかけた。


少女の埋葬された教会は、街外れの丘の上にあった。

教会を見つけてすぐにエリックが気づいた。「リオナ。この教会、変だよ。全然『力』が感じられない…」

「祀り上げる人が居なくなったのかしら」リオナは言って、教会の裏手にある墓所で地面に着地した。

土まんじゅうと粗末な墓の並ぶ墓場は、異様な気配に包まれていた。

死人の霊体を食べつくした魍魎達の放つ、一種の邪霊によく似た気配だ。

「単なる魍魎退治じゃおさまらないか」リオナはそう言って、鎮魂の歌の刻まれた、ヒーラー用の杖を左手に握った。「エリック。荷物、頼むわね」

着替えや本が入った鞄を投げ渡され、エリックはかつて腕だった霊体で受け止めた。

リオナが、少女の墓を探していると、わやわやと何かつぶやく声が聞こえてきた。「人だ人だ。強い力を持った人間だ。そのまま食うか、殺して食うか」

リオナは瞬時に声の場所を特定し、タトゥーの刻まれた右腕を、空気を引き裂くように振るった。タトゥーが光り、炎のような魔力を発した。

邪霊に進化しつつあった魍魎達が、粉々に焼かれ、砕かれて行く。

「女の子の小指を食べた奴を出しなさい。そいつ意外には、今の所、用はない」リオナはそう言って、取り付けられた鉱石に光を灯している杖を向けた。

魍魎達が何か言い合い、数匹の魍魎が前に出てきて言った。「子供の指なんて、いくつも食った」「子供の霊は美味いもんだぜ」「あんたも仲間になりゃ、分けてやるよ」

「あんた達ほど悪趣味じゃないわ」リオナは怒気を込めてそう言うと、前に出てきた数体に向けて、薙ぎ払うように右腕を振るった。

塊になって一体の霊体を気取っていた魍魎達が、本来の細かな霊体になってあちこちに逃げようとし始めた。

リオナは、すぐに杖を地面に突き刺し、墓場一帯を浄められた結界で覆った。

四散して逃げようとしていた魍魎達だが、結界に触れたものから、細かな炎を発して焼け消えて行く。

「何の騒ぎだ」と、人の声が聞こえた。リオナが声のほうを見ると、一見、牧師のように見える人物が、ふらふらと墓場に近寄って来るところだった。

「リオナ! この人、魂が…霊体が無いよ!」と、エリックが叫んだ。

「魍魎に魅入られたか」リオナはそう言って、牧師に向かって、右腕を振るった。タトゥーが一瞬紫色に光り、牧師の体は魔力で切り刻まれて溶解し始めた。

その体の中から、巨大な魍魎の塊が膨張しながら溢れ出し、風船のように膨らんだかと思うと飛散しながら消滅した。

「生きたまま魍魎に食われたんだね…」エリックがリオナの言葉を確認するように呟いた。そして、消滅した牧師の遺骸のあった場所を見て、何かに気づいた。「リオナ、この霊体、もしかして…」

それは、幼い少女の指の形をした霊体だった。

「エリック。確認してみて」と、魍魎達を始末したリオナが指示を出した。

エリックは霊体を拾い上げ、「間違いないよ。シオンの指だ」と言った。

遠くで、街の時計台が1時の鐘を鳴らす。

「船には間に合いそうね。戻りましょ」と言って、リオナはエリックの力を使って夜空に向かって飛翔した。