ルディ・ウィンダーグは、レミリアの証言の下、ダンキスタンの廃墟の病院からリム・フェイドの遺体を探し出し、既に腐敗して骨になりかけていた遺体を除菌して、フェイド家に返した。
フェイド家には一人娘とその夫、それから幼い孫が2人いた。ルディは、人間としたら、もうそんな年だったのか、と親友の死を悼んだ。
リム・フェイドの遺体は、棺に納められたまま、一度も封を開けられることなく埋葬された。
リムの妻である白髪の夫人は、葬儀に来た、まだ若々しいルディを見て、「夫と同じ年齢だなんて思えませんわ」と言って悲し気に微笑んだ。
「フェイド博士は、死に際まで、ご自分の仕事を全うしていらっしゃったそうです」と、ルディはフェイド夫人に伝えた。「実に、気高い方でした」
「あの人は、本当に仕事人間でしたから」と、夫人は懐かし気に思い出す。「孫が生まれる前に、あの仕事に関わったのです。奇妙な生物を作る…」
そこまで言って、フェイド夫人は涙ぐんだ。
「心配でならないのです。後の世で、夫の名が穢されないか」
「フェイド博士は、疫病から世界を守ろうとした勇者です。それを語り継いで下さい。奥様、それが、残されたあなた達の仕事ですよ」と、ルディは声をかけた。
静かな霧雨が、葬列の上に降り注いだ。
ミリィの岩屋で、アベルは普通の子供として育てられた。だが、自分の親代わりである人物が、手足をほとんど使わずに様々な不思議な術を使うのに、興味を示した。
「ミリィ、僕も、そう言うのやってみたい」と、ミリィが、いくつかの生活魔法を使って、モップを自動で操り、タライに洗濯をさせ、食事の用意をするのを見て言う。
「これは、誰にでもできるものじゃないの」と、ミリィは説明した。「アベルは魔力を持ってないから、術は使えないわ」
「それなら、僕が出来ることって、何?」と、アベルは聞いた。
「そうねぇ…もう少し大きくなったら、お薬の作り方を教えてあげる。それまで、本を読んでよく勉強しておきなさい」と、ミリィは提案した。
「うん。頑張る」と言って、アベルはさっそくミリィの本棚の前に行き、薬草学の本を探して取り出した。
アレグロムの国境監視員をしているテティスの下を、再びリッドが訪れていた。もちろん無断で。
「ってわけで、最低40人、多くて100人くらいが住めそうな土地はないか?」と、リッド。
「人数で言われてもな…。村の規模にもよるだろ? 場所も問題だ。平地が良いのか、山野が良いのか」と、テティス。
「そう言う選択肢があるってことは、土地は確保できるんだな?」と、リッドは抜け目なく言う。
「田舎は大体なんにもないからな。この国は」テティスはそう言って、艶のある黒髪をバリバリ掻く。「しかし…2つ隣の国の『災厄』を、この国に持ってくるとは恐れ入った」
「『災厄』じゃない。『新種族』だ」リッドは訂正させ、話を続ける。「土地を選択できるなら、人の居ない場所が良い。食糧は自給自足するそうだから、水源くらいは欲しいな」
「それで、住民が物理的にも身を隠せる場所か?」と、テティスは追加する。
「ご名答。山の中か森の中だと、ベストだな」とリッド。
テティスは、仕事用のパソコンを呪力で操作しながら、アレグロム全体の地図を表示した。地図の中に、青い色で表示されている土地がいくつかある。
「そのリクエストだと、大体こんな所が候補だ」と言って、テティスはパソコンの画面を指さす。「人口が100人以下の山か森。目立った水場はないが、地下水のある場所だ。井戸を掘れば水は使える」
「ほうほう。かなり広いな」と、満足そうにリッドは言う。「このデータの焼き出しを頼む。ほれ、羊皮紙」
「そう言う所だけは準備が良いな」と言って、テティスは机の上に羊皮紙を広げ、パソコンの画面に手をかざした。
肌の色と髪の色以外は、ほとんどレミリアとうり二つの「リオナ」の絵を描き上げ、シェディは満足そうに大きなキャンバスを見上げていた。
菫色の目をとろけるように笑ませた「リオナ」が、アンジェによく似た幼子と頬を寄せている。
女中が、シェディとレミリアには紅茶を、アンジェには甘いココアを持って来て、テーブルの上に置くと、一礼して部屋から去った。
「シェディ、この部屋って、元はなんの部屋なの?」と、レミリアが、がらんとしたアトリエを見回しながら言う。
「サンルーム。リフォームの時、父さんの希望で作ったらしいけど、洗濯干し場にされてた。でも、最近乾燥機を買ったから、誰も使わなくなったんだ。それを間借りしてる」
「屋敷の北側にサンルーム?」と言って、レミリアは苦笑する。
「だって、本物のサンルームを作ったら、おじい様にとっては火葬場と同じだからね」
そう言いながら、シェディはテーブルの上に置かれたお茶のカップにティーポットから茶を注ぐ。
「家に火葬場があっても嫌でしょ? はい、お茶」と言って、シェディはレミリアにカップを渡す。「ありがと」と言って、レミリアはカップを受け取った。
アンジェは、モデルの仕事が長すぎて退屈し、椅子に座ったまま昼寝をしていた。「アンジェ。起きて。お茶の時間だよ」と言って、シェディは義妹を起こす。
アンジェは寝ぼけながらココアのカップを受け取り、すすりこむように飲み始めた。
「アンジェ。音鳴らしちゃだめ」と、シェディは幼子の躾に余念がない。「一口ずつ口に含んで、ゆっくり飲み込むんだよ」
「良家の仕来たりは厳しいなぁ」と言いながら、レミリアも、紅茶を一口ずつ静かに飲み始めた。
オリンは、少し後悔していた。自分があの日、カインの忠告を振り切って、あの雨の中に飛び出さなかったことを。
自分達は隔離されなければならない種族で、どれだけ思いを寄せても、他の種族と交わるどころか、接することもできないのだと思い知ったのだ。
オリンは、マイクに聞いた。いつもワニの世話を一緒にしてくれる、あのヘーゼルの目の女性は、なんと言う名前なのかを。
「ラナとか言ってたな」と、マイクは答え、「あー、その、つまり、なんだ? お前は、彼女のことを気に入ってるわけか?」と尋ねた。
「うん」と、オリンは顔を真っ赤にして、恥ずかしそうに頷いた。
マイクは、少し考えた。ラナは、恐らくアンドロイドと言うもので、生物ではない。自分達の持っているウィルスが感染することはないが、求婚には応えられないだろう。
しかし、オリンの様子からするに、ラナと1日でも会えなかったら、絶望で泣き出しそうな雰囲気だ。
オリンから恨まれることは覚悟で、マイクは打ち明けた。ラナが機械であること、恐らく思いは遂げられないことを。
「確かに見た目は綺麗な『女性』だが、お前は人形に恋をしているのと同じなんだよ」
マイクがそう言うと、オリンは何かを決心したように、身をひるがえし、ワニ園のほうに走った。
「おい、待て!」と言って、マイクはその後を追いかけた。
ワニの背中をデッキブラシでブラッシングする仕事をしていたラナは、オリンが血相を変えて走ってくるのに気付いて顔を上げた。
オリンは透明なアクリルの壁を飛び越え、ワニを踏まないようにゲージの中に降り立つと、ラナに駆け寄り、両肩をつかんだ。
そして呆気に取られているラナの唇に、キスをした。
その様子をまともに目撃してしまい、マイクはとっさに物陰に隠れた。
オリンはすぐにラナから離れ、「僕の気持ち。受け取って下さい」と言って、答も待たずにラナの目の前から逃げ出した。
ラナは、「なんだったんだ今のは?」と言う顔をしていたが、「後で口に付着した唾液を洗浄しよう」と思いながら、ワニに再びブラシをかけ始めた。
マイクは物陰から、動じないラナと、逃げて行ったオリンを見比べ、「青春だな」と呟いた。
