Tiny grave 後編

レイアは、ラスティリア地方の村にある、シエラの墓に足を運んだ。いつかリッドが言っていた通り、墓参りのための花を持って。

「シエラさん。久しぶり」と、レイアは墓に声をかけた。「ずっと来れなくてごめんね。私も、だいぶ遠くまで出かけるようになったからさ」

レイアはそう声をかけ、シエラの墓石にそっと触れた。

数日から数年前の、墓に来た者の「記憶」が読み取れた。

主に、生前のシエラの仕事に恩を受けた者が墓参りに来ているらしい。

「うん。寂しくはなかったみたいだね。良かった」と言って、レイアは自分の持って来たブーケを墓石の前に備えた。

墓の前を去ろうとすると、「レナちゃん」と、聞き覚えのある声がした。

青白い輪郭持った朧な霊体が、シエラの墓から浮かび上がる。それは、シエラの墓に刻まれた、彼女の伝言だった。

「良いかい? これから、どんな時でも、決して怯えないこと。迷っている者が居たら、力を貸すこと。過ちを起こす者は正すこと。この3つを約束して」

レイアの記憶にある、「先生」だった頃のシエラの姿が、レイアの目に映る。

「一人きりを怖がる必要なんてない。あんたには、信じてくれる人達の存在と、未来を切り開ける力がある」

レイアは、死ぬ直前まで、弟子である自分のことを、シエラが気にかけていたことを知り、口を押えて涙ぐんだ。

「ごめんなさい。私…。側に行けなくて…」と、レイアは涙声で言う。

レイアは、シエラの最期に立ち会えなかった。自分の師である魔女が亡くなる時、レイアはその死を直視する勇気が無かった。

シエラの霊体は、レイアの頭に触れ、微かに撫でるような仕草をした。

そして、「またね」と言い残し、空に昇って行った。


ナイト・ウィンダーグは、自分達の年齢も、そろそろ書き変え時だと察していた。

自分の公的な年齢はまだ90代だか、屋敷付きの護衛であるジャン・ヘリオスの年齢が、100歳を超えてしまっている。

「トム・ボーイ。『融通』はきいているか?」と、ナイトが書斎のノートパソコンを開いて話しかけると、ディーノドリン署のトム・シグマが、「ウィンダーグ家に関わる者の年齢記録」を表示し、

「外見年齢と合わせる場合は、約40年から60年のマイナスが必要です」と文面で答える。

「高齢組は、そろってその通りに変更しておいてくれ」ナイトがそう言うと、トム・シグマは「承知しました」と応じた。

ディーノドリン署から魔力が拡散する。

「データの更新が終わりました」と画面に表示されると、ナイトは「ご苦労」と言って、ノートパソコンをシャットダウンし、魔力でシールした。


リッド・エンペストリーは悩んでいた。自分の娘であるアリアが、そろそろ「食べごろ」の年齢を迎えていることに。

だが、アリアには彼女の娘であるレミリアが居る。レミリアが霊媒師として一人前になるまでは、アリアも「少女にまで若返る」事は拒むだろう。

それに、アリアの「時」を食べてしまったら、レミリアとの間はさらにぎこちなくなりかねない。

付け加え、アリアはテイルと言う連れ合いが居る。アリアの「時」を食べるなら、テイルもセットで…などと、リッドにしか理解できない思いやりを発揮していた。

「悪さを企んでる顔ね」と、ミリィが洋梨の皮をナイフで削ぎながらリッドに言う。「どうせ、『そろそろアリアが食べ時だな』とか考えてるんでしょ?」

パートナーに本音を見抜かれて、リッドはため息をついた。「いや、俺もな…。先日の騒動から、ほとんどうまいものも食ってないし…」

「そんなだから、レミーに『悪食』なんて呼ばれちゃうのよ」と、ミリィ。「自分の娘を『食事』だなんて思う父親が居て良いと思ってるの?」

「人間の倫理観からしたら、それは『悪』だな」と、リッドは言って、暖炉の前のチェアから腰を上げた。「仕方ない。また3年くらい旅に出るか」

そう言って、岩屋から出ようとしたリッドは、珍しく足をもつれさせ、転んだ。受け身をとる暇が無かったらしく、岩屋の床に思いっきり額をぶつけた。

痛みで何も言えないまま伸びていると、ミリィが「天罰が下ったわね」と言って、カットした梨を皿に盛り、アベルの席に差し出した。


相談相手だった魔術使いのオルガが亡くなってから、エスカは自分の中にうっぷんをためこむようになった。

特に、オリンについての文句を、誰かに言いたくて仕方ない。エスカも、オリンがラナに恋をしているのは知っている。

恋敵ではあるが、ラナは全くオリンに個人的な関心はないらしく、オリンに恋をしているエスカにも、他の住人達と同じように接する。

恋する乙女はひどく複雑な気分だった。ラナにオリンのことを考えてやれと言ってしまいたい気もするが、オリンを取られてしまうのは嫌だ。

オルガの形見である、透明なケースに入れた遺髪を眺めながら、エスカは波止場で呟いていた。「オルガ。オルガだったら、ラナになんて言う? それとも、なんにも言わない?」

オルガの髪は、少し青みがかった綺麗な茶色をいしていて、緩くカールがかかっている。

「オルガって綺麗な髪してたんだね」と、エスカと同じ声がした。双子の姉のアノイだ。「生きてるときは、彼女の髪なんて見た覚え無かったな」

「うん。いつも、フードで髪隠してたから」と、エスカは答えた。「アノイ。もし、アノイの好きな人が、アノイとは別の人を好きになったら、アノイはどうする? 何か言う?」

「私だったら? そうだなぁ…なんにも言えないかも知れない」と、アノイは答える。「私が昔好きになった人も、私より年上で、私がなんにも言わないうちに、恋人と結婚しちゃったから」

「本当の恋人を見つけるなら、鉄の靴が擦り切れるまで歩いた場所にいるって言うけど。私、目の前にいるのに」エスカは童話を思い出しながら言う。「オリンったら、全然私の事、眼中にないんだもん」

「エスカ。あなた、オリンが好きだったの?」と、アノイは聞いた。

エスカは、しまった、と思った。つい、オルガと話していたときの癖を出してしまった。

言い訳の効く状態じゃないので、「そうなの。もうだいぶ長い片思いをしてるの」と白状した。

「オリンかぁ…。確かに、面倒見が良いし、この頃明るくなって来たけど…」と言って、アノイも考えこむ。「もしかして、オリンはエスカ以外の人が好きなの?」

完全に話の筋を読み取られていることが分かり、エスカは、外部から「灯台」に出入りしているラナと言う女性が恋敵だと伝えた。

「だけど、オリンがラナに片思いしてるのは分かってるから、ラナが悪いわけじゃないし…」

エスカは愚痴る。

「ラナはオリンにも私にもアノイにも、別のみんなにも、全部同じ接し方をするでしょ? だから、なおさら怒れなくて」

「それなら安心しなよ」アノイは言う。「ラナって、機械だから。人間の代わりには成れないよ」

「機械? どう言う意味?」と、エスカ。

「アンドロイドって言うんだって。人間そっくりだけど、ラナは誰かが作った機械の人形なの。マイクがそう言ってた」と、アノイ。

エスカは、言葉を失った。それから、ボロボロ泣き出した。

アノイは、妹の様子に驚いて、「どうしたの?」と言いながら、エスカの肩に手をかけた。

「もー。人形に恋するなんて、反則だよー」と、エスカは泣きじゃくる。「私、一切勝ち目ないじゃん」

「落ち着いて。エスカ。その…人形って事は、子供も作れないし、その…夫婦にも成れないし、第一、感情があるかどうかも分かんないんだよ?」と、アノイはおろおろと妹をなだめようとする。

波止場で泣き伏しているエスカと、その背を撫でながら慰めているアノイの近くを、カモメが一羽飛んで行った。


ディーノドリン市には小さな遺跡がある。サッシュベルと言う街の片隅で、その遺跡を発掘し保存する活動が続けられている。

かつて、デュルエーナを覆う巨大な古代帝国があった頃の遺跡の一部だとされ、観光地にもなっている。

テレビのニュースが、その遺跡の話を放送している。新しい調査で、そのディーノドリン市の遺跡は、古代帝国の王族の墓であることが分かったらしい。

「王の墓」からは、エンバーミングされた遺体が発掘され、発掘間もない頃の「保存の良い亡骸の写真」が映像の中に出てきた。

昼間のウィンダーグ家の居間で、テレビを観ていたシャルロッテ・ウィンダーグは、その写真を、ついさっき亡くなった人を写したものではないかと思ったそうだ。

レミリアを招いた晩餐で、その話をシャルロッテが語り出すと、聴衆一同は古代の帝国について面白おかしく話を広げた。

レミリアだけが、何か浮かない顔をしている。

「レミー。どうしたの?」と、シェディが聞く。

「ううん。なんでもない」と言って、レミリアは笑顔を浮かべた。だが、彼女は彼女の「視力」で観てしまったのだ。

カーテンの外の窓にへばりつくように、屋敷の中を覗いている「悪しき霊体」を。