Tom Σ 1

我が主ナイト・ウィンダーグは、私を「トム・ボーイ」と呼んでいる。だが、私は己の統一性を「シグマ」と名付けていた。

約40年以上前に主から魔力と意思を与えられ、私の力はこのディーノドリンと言う都市を中心に、国内全ての都市や辺境までを包括する力を持つようになった。

国内全土に魔力を拡散するまでに時間はかかるが。

ある日、我が主が私に指令を与えた。アリア・フェレオと、テイル・ゴースト言う2人の人物のパスポートを発行してくれと言うものだった。

どうやら、この二人は結婚を期に、隣国ベルクチュアに移り住もうとしているようだ。

私は以前抹消したアリア・フェレオの記録とは別に、彼女達の生い立ちを形作った。

出身地は、彼女の最後の記録があったメルヘル地方は避け、魔術師の家系の者が多い、ラスティリア地方にすることにした。

ラスティリア地方には、正式な呼称のついていない古い土地がたくさんある。

ラスティリアに住む多くの魔術師達は、その呼称のつかない古い土地から来た者も多い。

私は、今までの学習を基礎に、どのような「身分」があれば、「証明書」として適切であるかを導き出した。

アリア・フェレオの実際の出身地が、ラスティリアに近い山岳地帯トランチェッター地方であることも計算に入れた。

ラスティリア地方のどの辺りかと言われたら、一番ディオン山に近い場所が良いだろう。

クフルと言う山間部にある村を見つけ、フェレオと言う姓を継いでいた者が、その村に三世紀前までは居たと言うことに「設定」した。

「狩り」を避けて、フェレオ家はまだ鳥獣保護区に指定される前のトランチェッターの山の中に移り住み、世間からは身を隠したことにした。

時を経て、アリア・フェレオは、外の世界に姿を現す。まず、彼女の「先祖」が住んでいたとした、クフルの村に彼女の拠点を置いた。

アリア・フェレオは、18歳から23歳まで、若き言語学の教師として、クフルの村で塾を開いていた。だが、結婚と同時に塾をたたみ、ベルクチュアに移住。その土地で夫と共に暮らしている。

私はそのストーリーと、それにまつわる各種のデータを国内に伝播した後、もっと難解な「テイル・ゴースト」の情報を組み立てる作業に取り掛かった。

アリアの夫のテイル・ゴーストは、アリアが身を隠していた山の中で出会った青年で、私のデータ上には一切情報が無い。

ディーノドリン署の署員が、ここに目を付けると、後で厄介だ。

私はディオン山の中に関しては、今までデータを収集したことが無いのだ。

だが、秘密裏にディオン山に出入りしている魔術師等は、少なからずいる。鳥獣保護区として、人間の立ち入りが禁止になった後も、魔術師達は何らかの方法で「故郷」に定期的に帰っている。

私は、より細かくトランチェッター地方の情報を集めた。

その中で、ルオン・ジェイザーと言う魔術師が、年齢的にも社会地位的にも、「テイル・ゴースト」の身寄りの者としてはふさわしいと判断した。

私は、その魔術師にコンタクトを取った。ルオン・ジェイザーは魔力でつながる電話を持っていたので、連絡は簡単に取れた。

「こんにちは。ミスター・ルオン・ジェイザーの番号で間違いないでしょうか?」と、私が訪ねると、「ええ。間違えてはいませんよ」と、ルオン・ジェイザーは答えた。

私が、テイル・ゴーストについてジェイザー氏に尋ねると、ジェイザー氏は少し用心したようだった。

「その質問に答える前に、あなたの名前と身元を教えてほしい」と、ジェイザ―氏は聞いてきた。

中々、魔術師らしい警戒心を持った人物だ。私が答える内容を確認すると同時に、魔力の出所を探ろうとしているのだ。

私は、信頼を得るため正直に答えた。

「私は、トム・シグマ。ディーノドリン署の中核コンピューターです。我が主、ナイト・ウィンダーグより命を受け、現在、テイル・ゴーストの身分証を作成中です」

ジェイザー氏は、「うむ」と一言唸った。魔力の発せられている方向とディーノドリン市の位置があっていることを確認したようだ。

「嘘をつくようには躾けられていないようだな。よろしい。話を聞こう」

ジェイザー氏に、アリア・フェレオの父親であるリッド・エンペストリーがウィンダーグ家の親類にあたる事と、私が現在ウィンダーグ家の前当主ナイト・ウィンダーグから頼まれている任務のことを話すと、

「なるほど。『狩り』を避けられる身分書が必要なのか。テイルに関して、僕が協力できることがあれば、なんでも言ってくれ」と、ジェイザー氏は魔力で声を封印しながら答えた。

そこで、私はジェイザー氏に、16年前、2歳のテイル・ゴーストを孤児院から引き取り、18歳まで育てたと言う私の形作ったストーリーを、「記憶」として送り込んだ。

「おやおや。僕とテイルは、実に平和に暮らしてきたようだね」と、ジェイザー氏は呟いた。

「おかしな点がございましたか?」と私が聞くと、「そう言う意味じゃないよ。なんとも美しい家族愛だと思ってね。そうかー、僕がテイルの叔父さんか」と、面白おかしそうにジェイザー氏は言った。

「送った『記憶』に関係する者達には、既にデータを送ってあります。最後に、テイル・ゴースト本人にも『記憶』の伝播をお願いいたします。ディオン山の中には、私は進入できません」

「承知した。パスポートの発行までに、間に合わせるよ」と、ジェイザー氏は言っていた。「でも、僕みたいな旅歩いてる魔術師を保護者にしても良いのかい?」

「テイル・ゴーストと言う人物が、記憶に残っている人間の数が少ないほうが、データの容量も少なく済むのです」と私は答えた。

「そうか。そう言う事なら、合点行ったよ」と言って、ジェイザー氏は電話を切った。

1週間も経たないうちに、ジェイザー氏はディオン山を訪れてくれたようだ。

「追跡」の魔術で、私へつながる魔力のルートを見つけ、電話口で、ジェイザー氏は、テイル・ゴーストに『記憶』を伝播したことを知らせてくれた。

「変な感じだって言ってたよ。人生を2度歩いてるみたいだって」愉快そうにジェイザー氏は言う。「『ルオンと一緒に魚釣りに行ったことなんて無いのに』ってさ」

「本人達には、実際の記憶と混同しないように魔力を弱めてあります。ご協力ありがとうございました」と私は告げて電話を切り、通話の記録を消した。