Tom Σ 4

シェディは、自分より年上の小間使いの少年、ボブ・アンデルに、悩みを打ち明けた。

ボブ・アンデルは、ラックウェラー財団の仲介で来た、「闇の者に理解のある人間」である。

「僕のおじいさまが、時々父様と見分けがつかなくなるくらい若くなる時があったり、かと思ったら、おばあさまと同じ年くらいの老人になったりするのも、人間の世界じゃおかしなことなんだろ?」

シェディが、階段の掃除をしていたボブにそう切り出すと、ボブは掃除の仕事をしながら「そうですね。人間として考えたら、すっごく奇妙なことです」と答えた。

「僕は、この屋敷で起こってることは、どんな家でも同じなんだと思ってた。でも、本当はそうじゃないって分かってから、どれが話して良い事で、どれが『秘密』なのかが分かんなくなっちゃって…」

シェディがそう言うと、ボブは明るく答えた。

「どんな家でも、それは変わりません。公にして良い事と、家の中だけの『プライベート』って言うのは、区別しなきゃならないんです」

そう言いながら、ボブは階段をモップで拭きつつ下の段に移って行く。シェディも、少しずつ位置を変えながらボブの話を聞いている。

「『普通の人間の家』のことが知りたかったら、ご当主様に頼んで、人間の家にホームステイしてみると良いんじゃないですか? 外国の家に住むのだけが勉強じゃないですよ」

シェディはその提案に興味を持ったようだ。


まず、シェディが「ホームステイ」に行ったのは、自分の祖母であるエリーゼ・ウィンダーグの実家だった。

ダン・ティアーズと言う、エリーゼの弟である50代後半の男性が家を継いでおり、ダンの妻と20代ほどの娘が1人と10代の息子が2人いた。

「さすが、姉さんの孫って言うだけあって、似てるね。その、そばかす」とダン・ティアーズは言う。

「おばあさまは、そんなにそばかすはないけど…」とシェディが答えると、「きっと化粧でごまかしてるんだよ。姉さんもすっかり奥様になっちゃって」と、ダン・ティアーズは苦笑しながら言う。

ティアーズ家は、そう裕福でもないが、食事の前の祈りと、年中行事には力を入れる、よくある家庭だった。

食事の前に祈る習慣がなかったシェディは、自分の目の前にスープが持ってこられたらすぐに手を付けようとしたので、ダン・ティアーズに「まだまだ。お祈りが済んでからだよ」と注意された。

食事がそろうと、手を額の前で組んだダン・ティアーズがお祈りの言葉を口にし、家族もそれに倣った。

シェディも、お祈りの言葉は意味が分からなかったが、手を組んで目を閉じるのだけは真似をした。

カトラリーを持ち上げる音に気づくと、お祈りは終わっていた。

まだ手を組んだまま目を閉じていたシェディは、「まだ祈ってるの?」とティアーズ家の年上の子供達に聞かれて、ようやく我に返った。


ティアーズ家の3人の子供達は、ウィンダーグ家のことをしきりに聞きたがった。

「家族は何人? 使用人は居る?」

「すっごく昔からある家だって言うけど、どのくらい前から?」

「動物は飼ってる?」

「シェディに兄弟は居ないの?」

「学校には通ってる?」

「友達は居る?」

「好きな本は?」

「好きなスポーツは?」

「好きな音楽は?」

質問攻めにあっているうちに、屋敷のことや家族のことを通り過ぎると、自分個人のことについて興味を持たれるのだとシェディも分かった。

そして、大体自分のことに関して聞かれる段階になると、正直に答えると羨ましがられる、と言う事も分かった。

その事は、10歳の男の子をちょっと有頂天にさせたが、まず聞かれるのは「家のこと」である。

そのポイントを「普通の人間らしく」話す技術が体得できれば、人間の世界にも溶け込めるかもしれない。シェディはそう考えたようだ。


シェディが「ホームステイ」に行ってから2ヶ月経った。

私に「シェディの様子を見ていてくれ」と頼んでいたルディ・ウィンダーグが、私の意識にアクセスしてきた。

それまでの状況を報告したところ、「外に出る機会が増えたのか…日焼けは体に良くないかもな」と。ルディ・ウィンダーグは言う。

「それは吸血鬼としてですか?」と私が聞くと、「いや、人間の子供でも、夏の強い日差しって言うのは避けたほうが良いそうだ」と、ルディ・ウィンダーグは答える。

年上の従兄弟達と一緒に、半袖でスーパーマーケットに「お使い」に行ったり、ティアーズ家の裏庭でバスケットボールに熱中したり、スポーツドリンクと言うものが気に入ったりしていると伝えると、

「元気そうなのは分かるよ。だけど、日焼けして皮膚がめくれたりしてたら、シャルロッテに怒られるなぁ」と、やはりこの第2の主は何処か頼りないぼやきを返す。

「奥様は、日光がお嫌いなのですか?」と聞くと、「紫外線の強い地方で暮らしてたからね。彼女にとっては、日が暮れてから出かけるほうが普通なんだって」と言う。


私がシェディの様子を見るようになって、半年後。

すっかり「人間風の話し方」を身に着けたシェディは、兄貴分の2人の少年からもらった真っ赤なバスケットユニフォームを着て、ティアーズ一家と分かれ、ウィンダーグ家に帰ってきた。

何より驚いていたのが、シャルロッテだ。「シェディ。どうしたの? そんなに日に焼けちゃって。すぐ冷やさなきゃ」と、慌てている。

「母さん、待って。このくらい平気だよ。ちゃんと日焼け止め塗ってるし」と、11歳になったシェディは言ったが、「何言ってるの。日光は怖いのよ?」とシャルロッテは返す。

そして気づいた。「シェディ。今、あなた私のこと、なんて呼んだ?」

「母さん…って。なんか変かな?」とシェディが聞くと、「母様って呼びなさい」とシャルロッテは言う。

「僕ももう十代なんだから、母様はないんじゃないかな? 意味が通じれば大丈夫でしょ?」と、シェディ。

「親子の間にも、礼儀はあるのよ!」と、シャルロッテは初めて自分の子供を叱った。

「へー。母さんでも、怒るときあるんだ」と、シェディは珍しそうに母親を見上げていた。