Tom Σ 5

シェディが半年の「ホームステイ」で変わったところと言えば、喋り方とファッション、好きなスポーツと好きな音楽だった。

喋り方が多少庶民じみた砕けた口調に変わり、服装はそれまでのフォーマルウェアから、スポーツカジュアルを好むようになった。

バスケットボールは特にお気に入りのスポーツになり、お小遣いを貯めてバスケットボールのボールを買って来た。

「公式試合で使われるのと、おんなじボールにした」と、シェディは嬉しそうにボブに報告していた。

テレビでプロバスケットボールの試合が観戦できる時は、テレビの前を独占した。

好きな音楽はクラシックから、ロックンロールに変わっていた。

一見すれば、庶民の家に行ったことで、良家のお坊ちゃまが不良になったように見えるかもしれないが、「普通の子供に近くなった」と言えば、そうとも言える。


「僕が変わった? そんなことないよ。ちょっと、世界が広がっただけさ。音楽だって、クラシックしか知らなかったから、クラシック聞いてただけだし」

シェディがそう話すのを、ルディ・ウィンダーグは納得したと言う風に聞いていた。

「バスケットボールが好きな理由は?」とルディ・ウィンダーグが尋ねると、「試合が急展開するところかな。点はどんどん入るのに、どうなるか分かんないって所が面白いんだ」と、シェディ。

そして、シェディは逆に聞き返した。「父さんは、子供の頃好きだったスポーツはある?」

「学校で色んなスポーツをやったけど…一番面白かったのは、フットボールかな」

「へー。父さんも、意外とワイルドだね」

「子供のフットボールだから、そんなにワイルドじゃないよ。体は鍛えられたけどね」

「体動かすのって、結構うっぷん晴らしなるじゃん? バスケットボールで、ゴール決めるとさ、さっきまでなんであんな悩んでたんだろってくらい、悩みなんてふっとんじゃうんだ」

笑顔で話すシェディの様子を見て、ルディ・ウィンダーグは「ホームステイ」は成功したと確信したそうだ。


家庭教師が再びウィンダーグ家を訪れた時、シェディは「外国の家への手紙、書いておきました」と言って、簡単な家族の紹介と、自己紹介をつづった手紙を見せた。

その手紙をチェックした家庭教師に、「ふむ。ずいぶん生き生きした手紙になったね。バスケットボールが好きなのかい? 好きなチームはいる?」と聞かれた。

シェディは自分のお気に入りのチームについて、熱弁を振るった。何処の試合の時にどんな展開が起きて、制限時間ギリギリの逆転シュートが決まった、あの瞬間には思わず泣いた、と言う風に。


私は、シェディ・ウィンダーグの様子を観察すると共に、もう一つの支持の元、情報を収集していた。

アリア・フェレオの子供、レミリアについてだ。

これは、我が主ナイト・ウィンダーグの指示によるものだった。

主によると、アリア・フェレオの出生に関わることで、子供に影響が出る可能性に備えろと言う命令だ。

主から許可を得、私は一時的にディオン山の上空から、雲と結界を透かして、山の中にいるレミリアの日常を「観察」して居た。

その当時4歳だったレミリアは、私の気配を察して、薪を抱えたまま大急ぎで岩屋に入り、彼女の祖母である魔女に、「ミリィ。お空の高い所から、誰かが見てる」と訴えた。

12、3歳に見える「ミリィ」は、人間にしては不思議な気配を持った魔女だった。人間であることは間違いない。だが、何百年にもわたって形作られた魔力形態を持っている。

ミリィは岩屋を出て空を見上げ、私の存在に気づいたようだ。天空に位置している私の「視点」を辿り、正確にディーノドリン市のほうを見た。

「確かに、誰かが『見てる』わね」と言って、ミリィは孫の髪をなでた。「でも、大丈夫。怖い物じゃないわ」

「おっかないのじゃないの?」と、レミリアは聞く。

「あれは、お月様と同じものよ。いつでもあなたのことを見守ってるの」と言って孫をなだめ、ミリィ達は岩屋の中に戻った。


レミリアは母親と父親から魔力を受け継いでいた。幼少期の頃でさえ、私の気配に気づくくらいの鋭敏さがある魔力だ。

父親であり、ベルクチュア側の山の管理人をしているテイル・ゴーストが、デュルエーナ側にある岩屋をこっそり訪れて、娘に妻の手紙を見せていた。

レミリアの母親であるアリア・フェレオは、村での塾の授業を終えると、ベルクチュアの町にある工房に行き、若いアミュレット技師に技術を教えている。

自分でも工房の材料でアミュレットを作り、そのアミュレットはベルクチュアの小売店に卸し、販売もしている。

その仕事が終わると、工房に鍵をかけ、山間の街にあるマンションに帰って、雇っているウサギの執事に用意させた食事を摂り、入浴や着替えを済ませて、睡眠をとる。

そして、翌朝、早くに工房を訪れ、工房の鍵を開ける。塾が始まる時間まで工房で仕事をしながら過ごし、夕方が近づくと塾に移動して授業を行う。

彼女の暮らしは、大体この繰り返しで出来ているようだ。

デュルエーナでは、10年以上前に「魔女狩り」が始まり、未だ治まっていない。

魔女や魔術師が子供を育てて行くだけの収入を得るとなれば、他国に逃げるしかない状況だ。

アミュレット技師と言う職業は、人間の間にも認知されているが、そうであるからなお、危険がつきものである。

「お母さん、頑張ってるんだね」と、レミリアは母親の手紙を見て言った。

「そうだ。レミーが大人になるまで、お金に困らないようにな」と言って、テイル・ゴーストは、娘の頭を撫でた。「父さんだって頑張ってるぞ? ミリィ、今の所の状況は?」

「良い意味でも、悪い意味でも変化なし」と、ミリィは暖炉の中に移る街の様子を見ながら言う。「そう言えば、『月』が一つ増えたわ。危険なものじゃないけど、用心しておいて」

「分かった」と言ったテイル・ゴーストは、レミリアのもの言いたげな顔に気づき、娘を抱き上げた。

娘とおしゃべりをしながら、岩屋の中をゆっくり一周し、出入り口の前で娘を床に下ろすと、

「じゃぁ、また来る。ミリィ、頼んだ。レミー、良い子にしてろよ」と言って、山の反対側に戻って行った。