Tom Σ 8

魔法道具を交換する魔術師達の露店や、自分達の特技を披露しあう闇の者達の大道芸などがあちこちに点在し、見物客や里帰りした魔術師達等で、祭は賑わいを見せていた。

祭のそこここでは、鬼火達がひらひらと舞い踊り、キュラキュラと言う笑い声をあげている。

レミリアは、父親からもらった翡翠のペンダントの他に、反魔術のかけられたペンダントを首にかけていた。

恐らく、鬼火達の魔力を避けるためだろう。

祭の炎では、魔力で宙に浮かせた鉄板の上で、こんがりとしたクッキーが焼かれ、通りすがりの者達が、焼き上がったものから順につまみ食いしている。

酒と鬼火の魔力に酔った者達は、大笑いをしたり、嘆き悲しんだり、あちらこちらで騒ぎ立てていた。

そんな祭の会場の端に、ひどく病みついた様な旅人が、ふらふらと現れた。

梢を透かした月光に照らし出されたその男は、唇の端からあぶくを吹き、喉から獣の唸り声を発した。

そして、その姿は見る間に一匹の人間のような狼に変わって行く。

「ウェアウルフだ!」と、その旅人を見つけた魔術師が叫んだ。

祭の会場は騒然となり、皆散り散りに逃げ出した。

腕に覚えのある者と、素早く身動きの取れない者達だけが、魔力の炎の焚かれた祭の広場に残った。

私は、反射的にレミリアとその家族の位置を把握した。

銃を構えたテイル・ゴーストと、羽を広げたままのリッド・エンペストリーが、ウェアウルフを追い払うために残った集団に混じっていた。

そして、そのほんの数十メートル後ろには、レミリアを抱えたアリア・フェレオが居る。娘を探している間に逃げ遅れたのだろう。アリアは、片手に娘を抱きしめ、片耳につけたイヤリングを指で3回叩いた。

緑色の光がイヤリングから解き放たれ、庇護者以外の全ての存在と魔力を遮断する「監獄の結界」がレミリアとアリアを包んだ。

アリアとレミリアは緑色に発光する光の籠の中に入ったようになり、私の「視点」からも詳細な姿を消した。

ミリィは、岩屋に逃げ込んできた者達を守るため、「透視」の術で祭の会場を見守りながら、岩屋の周りに硬い結界を張っている。

ウェアウルフは、隙のある獲物を探すように、残った者達を吟味していた。

リッド・エンペストリーが、娘婿に囁いた。

「合図したら後ろに向かって走れ。ウェアウルフはお前を追って行くはずだ」

「分かった」と、テイルは小声で答えた。

ウェアウルフが、及び腰の一人の魔術師に目を付けたのを察したリッドは、「行け!」と、テイルに合図を出した。

人間としての知能より、狼としての本能のほうが勝り、ウェアウルフは「逃げ出した」テイルの後を追って行った。

テイルは、後方に妻と娘がいることを知り、その手前で振り返ると、ウェアウルフに銃を向け、引き金を引いた。

ウェアウルフは、高く跳躍して弾道をかわした。テイルの後ろにいるレミリア達に狙いを定めたようだ。

その後ろ首を、ウェアウルフ以上の素早さで移動してきたリッドがつかむ。

「何しに来たんだ? 飯漁りか?」と言うや否や、リッド・エンペストリーはウェアウルフから何からのエネルギーを急激に吸いとった。

ウェアウルフが一瞬で姿を消し、消滅した。「40年ちょい。なんともベリーバッドな味だ」とリッドは呟いて、眉間にしわを寄せ、舌を出して見せた。


招かれざる客が早々に排除されたこともあり、祭はその夜のうちに再開された。

ワインの露店で、無料で飲める赤ワインを水のように飲んでいるリッドが、胃が悪い人間のように、「おえっぷ」と、えずいていた。

「そんなに不味かったのか?」傍らにいるテイルが聞く。

「ここのところ、粗雑なものは食ってなかったからな。消化に悪い」とリッドは言って、またワインをごくごくと流し込む。

「あのウェアウルフ、結界を通り抜けてきたってことは、悪意はなかったのか」テイルが言う。

「人間として『食事』を探しに来て、運悪く月の光を浴びたって所だろ」と、リッドも言う。「憐れな旅人だ」

「よく言うよ。自分で始末しておいて」そう言ってテイルは苦笑いを浮かべ、自分も露天商に酒を頼んだ。


レミリアは外傷はなかったが、ひどくショックを受けており、岩屋で、べそをかきながらしゃっくりをあげていた。

「レミー。落ち着いて。もう、怖いのはリッドとテイルがやっつけてくれたでしょ?」

母親がそう言い聞かせるが、レミリアは泣き止まない。そして、しゃっくりの合間合間にこう言った。

「違うの。あの人、唯、お腹が、空いてた、だけなの。山に、迷い込んで、何日も、食べて無かったの。祭の、お菓子を焼く、においがして、助かった、って思ってたの」

アリアはその言葉を聞いて、ウェアウルフが「発病」する前の、人間だったときの心をレミリアが読んでいた事を知った。

「レミー。良い? ウェアウルフは、一度発病したら、朝日を浴びるまで人間には戻れないの」アリアは、なんとか娘を納得させようとした。「みんなを守るためには、仕方なかったのよ」

「朝が来るまで、閉じ込めておけばいいのに…」と、しゃっくりの止まってきたレミリアは言った。「リッドが、あの人、食べちゃった」

レミリアがリッドの能力を知っていたことに、アリアとミリィは目を見張って顔を見合わせた。