Tom ΣⅡ 1

今年の春、ディーノドリン市で、デュルエーナ国王の生誕50年を祝うパレードが開かれるそうだ。ディーノドリン署では、5年前から警備にあたる人出を収集している。

その事を、私の第2の主、ルディ・ウィンダーグに伝えると、「パレードか。一度観に行ってみるのも良いな」と言い出した。

昼間のパレードなので、我が主、ナイト・ウィンダーグは見物には行けない。こう言った、昼間の催し物があるときは、ナイト・ウィンダーグはテレビのニュースなどで情報を収集している。

13歳になったシェディ・ウィンダーグは、父親からパレードのことを聞かされると、「絶対観に行こう」と、乗り気で答えた。

「また昼間のお出かけ?」と、シャルロッテだけが渋る。「丁度良く曇ってくれると良いんだけど」


ある日、ウィンダーグ家付きの護衛のジャン・ヘリオスを相手に、シェディは昼下がりから夕方までバスケットボールにいそしんでいた。

汗だくになったジャージとカットソーを、洗濯物置き場に脱ぎ捨てるシェディの背中を見て、シャルロッテが不思議そうな顔をした。

「シェディ。あなた…肩甲骨の下が腫れてるわ」

シェディは母親の方を振り返り、「なんでもないよ。父さんが言うに、羽の骨だって」と言う。

シャルロッテは目を瞬いてから、ふぅっとため息をついて、「そう言えば、あなた達はパンパネラだったわね」と言った。

「父さんが、飛び方は覚えたくないかって言ってたけど、しばらく良いやって答えておいた。15歳くらいになるまでに、羽の使い方を覚えるかどうか決定しろってさ」と、シェディ。

「羽を使うって、空を飛ぶの?」と、シャルロッテ。

「もちろん。パンパネラの間では、自転車の乗り方覚えるのと同じ事なんだって」

「自転車は…確かに、乗れたほうが良いわね」

「飛んでどこ行くってわけでもないけどね」

そう言いながら、シェディは乾きたての着替えのシャツを手に取ると、廊下を移動しシャツに袖を通しながら母親に言う。

「だけど、スキルとして人間に出来ないことが出来るって言うのはちょっと嬉しいかな」

その言葉を聞いて、シャルロッテは息子の肩をつかみ、自分のほうを向かせた。

「シェディ。あなたは、確かにパンパネラの血を継いでるけど、私の子供であることも確かなのよ?」

「母さん、どうしたの? 改まって」

「パンパネラとして成長しても、人間である心も忘れないで」

「それは今まで十分育まれて来たよ。じーちゃんからしたら、『まるっきり私の遺伝が途切れたような気がする』って言われるくらいね」

そう言った息子を、シャルロッテはぎゅっと抱きしめた。

「母さん。大袈裟だよ。ちょっと…ボブとかに見つかったら恥ずかしいからやめて」

シェディが、そう言って母親の腕を振り払うと、シャルロッテは、「今日、ルディと話をするわ」と息子に意味深長な言葉を残して自室に去った。


その数時間後、レナ・ウィンダーグ事、レイアと言う魔女が、数年ぶりに実家であるウィンダーグ家を訪れていた。

「ちょっと休暇を取ることにした」と言って、子供の頃から使っている自分の部屋で、音楽を聴き、本を読み、ベッドに寝ころんでリラックスしきっている。

誰かがドアをノックした。「レナ。私よ」と、エリーゼの声がする。

「どうぞ」とレイアが言うと、白髪を丁寧に結い上げ、臙脂色の普段着を着たエリーゼ・ウィンダーグがレイアの部屋に入ってきた。

「レナ。あなたは、自分の人生を占う気はないの?」と、エリーゼ。「あなたも、40を超えてるようにはとても見えないけど、人間としてはいつ結婚してもおかしくない年よ?」

「母様。考え方が古いわよ」と、レイアはベッドから身を起こし、笑いながら答える。「今は、結婚や恋愛をしない女性も増えてるの」

「そう言う流行の波には乗らなくても良いんじゃないかしら?」エリーゼは何か言いたげだ。「実は、あなたに求婚が届いてるの」

レイアは、笑いながら、「断って」と言って、またベッドに寝そべった。

「一度会って見ても良いんじゃない? この通り、とってもハンサムな男の子だから」と、エリーゼは一枚の写真を見せる。

レイアは、困った顔を笑みでごまかしながら、写真を受け取ってよく見てみた。

フォーマルウェアを着て、にこやかにカメラを見てる20代後半ほどの青年が写っている。。

その写真を見た瞬間、私の「視野」に、どす黒いエネルギーのようなものが映った気がした。レイアも、同じエネルギーを感じたらしい。再びベッドから体を起こし、険しい顔で写真を凝視する。

「どうしたの? 怖い顔して」と、エリーゼ。

「蜘蛛が群がってる」と、レイアは言った。「この人、このままじゃ危ないわ。すぐに屋敷に呼んで。2~3日中に!」

早口でまくし立てる娘の様子を見て、エリーゼはただ事ではない気配を察したらしい。


シェディのバスケットボールの相手を終えて、ジャン・ヘリオスは使用人用の洗濯物置き場でシャツを着替えていた。

この人物も、年齢上は60歳を超えるはずだが、身体能力や外見は40代の頃のデータと一致する。ごく弱いウェアウルフの血を引いているそうだ。

恐らく、この者の祖先の誰かが、ウェアウルフの病に感染したが、月の光を浴びることが無く一生を終えたのだろう。

「ジャン。シャルロッテ様に、ルディ様は何処かって聞かれたんだけど、分かる?」と、ボブがモップを片手に廊下から顔を出す。

「ルディ様? そうだなぁ…」と言いながら、ジャンは両目の瞳孔を赤く光らせ、ぐるりと180℃を見回した。

「屋敷の中を移動してる気配は無いよ。書斎か寝室に居ないか確かめてくれ。居ないなら、僕も一緒に探す」

「分かった。ありがと」と言って、ボブは廊下にモップをかけながら、さらに協力者を求めて台所へ向かった。