「死体を見つけるのがあと3時間遅かったら、大変なことになってた」と、レイアは言う。「あの死体は、『爆雷の魔法陣』のための贄よ」
「順を追って説明してくれ」と、我が主は娘に言う。
「今日、母様が私の所に男の人の写真を持って来たの。蜘蛛が群がってる様子が見えた。占ってみたら、彼も、贄の候補だった」
「だった?」と、ナイト・ウィンダーグが問うと、「今日、死体が見つかったことで、儀式は一度中断された」とレイアは答えた。
「爆雷の魔法陣」を起動させるには、術者を中心に、最低6ヶ所に贄の死体が無くてはならない。
贄の死体の数が増えるほど「爆雷」の規模は大きくなり、威力も増す。
「当家の他にも、何処かに似たような死体があるわけか」
「そう。それと、わざわざ結界で守られている庭に死体を配置しなきゃならない理由もね」
「トム・ボーイ」と、主が私に呼びかけた。「ディーノドリン署内の、他の身元不明死体の情報を提供しろ。我が家に在ったものと似た」
私は、すぐに署内のデータを検索し、余計な情報を省いたものをウィンダーグ家のパソコンの画面に表示した。
「該当、5件」と、私は画面上に文字とデータを表示した。
「ふむ。確かに6体は揃ってるわけか。其処にさらに贄を足すとなると…かなり大規模な魔法陣を作ろうとしていたんだな」と、主は呟く。
「たぶん、今回の6体は実験用か何かね。『成功』してたら危なかった」と、レイア。
「今時、天の火で滅ぼされるのは遺憾だな」と、我が主は言う。「トム・ボーイ。残りの5体が見つかった場所を正確に教えろ」
私は、デュルエーナ国内の地図上に、残り5体の贄が見つかった場所を表示した。
「パルムロン街では、遺体があったのは当家だけだな。他は…ラグレーラの植物園、ヘルナリオの私有地、アダムステンの公園、エドランの貧民街、サッシュベルのゴミ捨て場…」
我が主は、読み上げながら「分からないな」と言う顏をした。「エドラン以外は、妙に目立つ場所に置いてあるな」
我が主がそう呟くと、レイアが6体の死体の在った位置の中心を指さした。「贄のあった中心点は此処。術者もこの位置に居たはずよ」
「ディーノドリン市の主要道路の真ん中だな。となると、術が行われているのは地下か」
「そうね。それから、狙ってる範囲はディーノドリン市の西側ほぼ全体」
「トム・ボーイ。此処で何かあるのか?」と、主は私に聞く。
「4月23日に、デュルエーナ国王の生誕パレードが行われます」と私は答えた。
「約1ヶ月後か。暗殺…と呼ぶには、盛大な花火だな。女王閣下も気の毒に」
「きっと、術者は戦争を起こす気ね。爆雷の魔法陣なら、ミサイル射撃と似た効果が出せるもの」
「デュルエーナと敵対している国は?」と、主は今度は娘に聞く。
「ロスマイラー。天然資源に関する貿易摩擦で、四六時中もめてる」
「ロスマイラーは軍事政権だったっけな?」
「そうよ。スケープゴートとしては最適」
「レニーズ外交が、上手く立ち回っても戦火の回避は無理か。国王が殺されたと成ったらな」
「父様。その時は、たぶん私達も巻き添えになってるから、案じるだけ無駄よ」
「お前も言うようになったな」と、主はダークタレントを隠さずに口の端を吊り上げる。「さて、我々は救世主になりえるかな?」
書斎の本棚から、住所録が飛び出してきた。ページがパラパラとめくられ、ある人物の所在地を示す。
「なんだ。オッドのやつ、また住所が変わったのか」と、住所録を見ながら我が主は言う。「『狩り』が治まってないとは言え、忙しない事だな」
書斎の黒電話から受話器が勝が勝手に宙に浮き、ナイト・ウィンダーグの耳元に滑り込む。書斎に住んでいるもの達が番号を回し、受話器の奥で電話の呼び出し音が鳴っている。
その頃、マスメディアへの対応を終えたルディ・ウィンダーグが、くたびれたと言いたげに玄関ホールに戻ってきた。
翌宵、ウィンダーグ家前に、タクシーが一台到着した。片目眼鏡でローブ姿の、くしゃくしゃの髪の骨っぽい人物がタクシーに料金を払って降りてくる。
ローブ姿なので、一見女性のようにも見えるが、顔つきや体つきは中性的で、どちらとも言い難い。
屋敷までが遠い庭を、ブツブツ文句言いながら歩いてくる間に、私はこの人物が「無性者」であることに気づいた。
つまり、男でも女でもない。両方の性別が存在しないのだ。それも、手術などで後天的に性別を失ったのではなく、生まれつきのものである。
私はこの人物の人相から、署内のデータを参照して、「アーク・マリア・オッド」であることを突き止めた。登録にある性別では、一応は女性と言うことになって居る。
オッドは、玄関の前に着くと、呼び鈴を鳴らした。いつも通り、血の気のない執事が応対する。
オッドは屋敷の中に招かれるまで、私に気づいている気配は一切見せなかった。だが、応接室に通され我が主と会うと、開口一番にこう言った。
「空飛ぶ防犯カメラの精度が、ずいぶん良いようじゃないか。この家にはプライバシーってものはないのか?」
我が主は、「物騒な件が起こりそうなのでね。少し注意するように指示してある」と答えた。