4月23日。ディオン山の岩屋の中で、昼寝をしていたレミリアが不意に瞼を開いた。布団の上に体を起こし、辺りを見回す。
ミリィが、それに気づいて孫を見た。
「レミー。どうしたの?」
「今…。火花が爆発した」と、レミリアは言う。「だけど、何処も焼けてないから…変だなぁって思って」
「夢を見たの?」と、ミリィは言ってくすっと笑う。
レミリアは、真面目な顔のまま、岩屋の裏口に行って私の「視点」を見上げた。「ラナ。街で何があったの?」
ラナと言うのは、レミリアがディオン山にある私の「視点」につけた愛称だ。
私は、別の「視点」で、ディーノドリン市の下水道内の爆発を知っていた。
レミリアは、私が何か知っているのは分かったらしい。だが、私も詳細の部分は主からの「封じ」の魔術で消されている。
私の「視点」の気配を辿って、レミリアはディーノドリン市の方角を見た。「そうか。爆発したのは地面の下なのね」と言って、レミリアは安心したようだ。
レミリアは、ミリィに自分の見た夢を詳しく話した。
焼け爛れていた街の中で、レミリアは火炎の波から逃げていた。
街の6ヶ所に、死体が置かれている。その死体を、ある魔術師達が「見つけやすい場所」に移動させた。3体は「転移」で、1体は少し巧妙な方法を使い、残り1体だけは時間が無かった。
それから、その死体が括られている魔力の中心部に、死体を通して「逆流」の魔術をかけた。
時間が戻る感覚がして、レミリアは炎に包まれる前の街に居た。あの炎は気のせいだったんだ、と思った瞬間、何処かで何かが爆発した。
そのショックで、レミリアは目を覚ました。
その話を、ミリィは真面目な顔で聞いていた。そしてレミリアに忠告した。「レミー。その話は、私とレミーだけの秘密よ」
「ラナも知ってるよ」と、レミリアは言った。
「そう。じゃぁ、3人だけの秘密よ?」と、真面目な顔で孫に言い聞かせると、レミリアも真剣な顔でうなずいた。
下水道の爆発は局地的なものだったが、死亡者が数名出た。何故か下水道内に侵入していた不審者達だ。
一名、魔術着を着ていた者が居たので、爆発と魔術の関係が疑われて、またデュルエーナ国内の「魔術」に関わる印象は悪くなってしまった。
つまりは魔術を使ったテロであるが、爆発がごく小規模だったため、「何等かの事故によって下水のメタンが発火したもの」であるとされた。
「ニュースじゃ『小規模』って言ってるけど、すごかったんだよ。マンホールが何ヶ所か吹っ飛んだんだ」と、シェディは家にいた母親のシャルロッテに報告した。
「私としては、あなた達が無事なだけで十分よ」と、シャルロッテは言った。
シェディと一緒にパレードを観に行ってたルディ・ウィンダーグは、書斎で自分の父親に文句を言った。
「特に危険なことはないって言ってたけど、充分危険だったよ。どう言う事?」
「マンホールが飛んだくらいで驚くな。街が火の海になることに比べれば十分安全だ」と、我が主ナイト・ウィンダーグは言う。
「そんな仮定の話をしてるんじゃないんだよ」と、ルディ・ウィンダーグは言い返す。
「確かに、起こらなかったことは、仮定だな」そう言って、ナイト・ウィンダーグは唇の端を吊り上げる。
「その笑い方。何なの?」と、ルディ。
「平和は唯で手に入ると思うな。常に何かの犠牲をはらんでいる」と言って、我が主は手の合図で息子に退室するように促した。
ルディ・ウィンダーグが書斎から出ようとすると、我が主はその背に「子供を持たない姉に感謝しろよ」と告げた。
数日もしないうちに、ウィンダーグ家に客が来た。赤毛の闇の者。リッド・エンペストリーだ。
リッドは、珍しく気落ちしているようで、応接室に通されると、椅子にだらしなく座り、テーブルに片頬を預け、ぐんにゃりしていた。
「伯父様。何処かお悪いのですか? 頭以外の」と、相談相手として呼び出されたナイト・ウィンダーグが聞く。
「頭悪くて悪かったな」と、リッドは怒る気力も無さげに言う。「同じ孫を持つ身として、ちょっと話を聞きたい」
「私も、大した祖父ではないですが」我が主は、謙遜ではなく事実を言う。「話があるならうかがいましょう」
リッド・エンペストリーは、数年前のディオン山の夏祭での騒ぎを話した。ウェアウルフを「食い殺した」時のことだ。
「俺も、ついつい腹が立ってな。赤ん坊くらいに戻せばよかったのか…と、今考えると思う」
「それでお孫さんに嫌われている、と」
「その通り。どうやったら信用回復できると思う?」
「細かい信用の積み重ねが大切ではないのですか?」
「それは分かってる。しかし、何が『信用』にあたるのかがとんと見当がつかねーんだ」
「食べ物の恨みは怖いと言いますね」
「別に孫の食事を取って食ったわけじゃない」
「ですが、お孫さんは、伯父様の能力が、『食事』であると認識しているんでしょう?」
「良くも悪くも、そこは認識している」
「食事の改善でもしたらいかがでしょう?」
「改善するほど悪食じゃない」
「そう思っているうちは、信用は回復できないのでは? 実際、1匹丸ごと食べたのですから」
「自分の味覚には正直に生きたほうが良いのか…」
「そのくらいから始めましょう」と、我が主が言うと、リッドは気力のないため息をついて、
「そうするか。じゃぁ、また今度、ト…じゃなくて、アリア達が顔出すかもしれない。その時はよろしくな」と言って、フラフラと帰って行った。