Tom ΣⅡ 6

レミリアが、祖母のミリィに「不思議な夢」の内容を話すことが増えた。

レインハーツの牧場で、ウェアウルフの病にかかった一家が、そろって他人の家の家畜の内臓食いを定期的に行なっていること。

グリモーの村の人身御供になった女性は、雇っていたハンターの女性に助けられ、害ある魔獣の正体が明らかになること。

デュルエーナのアートン首相が毒を盛られるが、管理医師達の有能な働きで一命をとりとめること。

「だけど、あーとんさんは、毒の後遺症で内臓が悪くなっちゃうの」

そう話す孫の話を聞きながら、ミリィはレミリアに「予言」の能力が身につき始めていることを察した。

今はまだ、夢の中の曖昧な世界で、どうとでも変更できる「未来」しか見えないようだが、これと同じ現象が覚醒状態でも起こり、「変更不能な未来」を確実に見通すようになるのは間もないだろう。

ミリィは、孫に、「不思議な夢」のことは他言しないように何度も教え込んである。

今の所、レミリアの世界はディオン山脈と、ディーノドリン市の一部だけだ。その中で、「夢の中に出てくるよく知らない人達」のことを予言している間は、まだレミリアの心が傷つくことはない。

レミリア本人も、夢に出てくるのは「架空の人物」であると思っている。

だが、ミリィと私は知っていた。レミリアが言う土地の名前も、人間の名前も、事件の様相も、実際に存在するのだと。


アリア・フェレオ達が、ウィンダーグ家を再び訪れようと計画していることを知り、ミリィは孫に「とびっきりかわいい他所行きと、パジャマを作ってあげるわ」と約束した。

レミリアは、友達の人形であるエルマの服のような、豪奢なドレスを注文した。

ミリィもそれを聞いて安心したようだ。布の量が多いほど、込める魔力も強く出来る。ミリィは、旅の間にレミリアが「予言」の能力を発現するのを抑えようと試みているのだ。

そして、レミリアの「予言」が、事実であることが本人に分からないようにするための力もこめようと。


「フェアリーランド」と言う一大テーマパークのアニメに出てくるお姫様のようなドレスを着たレミリアは、すっかりプリンセスになった気分で、大人しく列車の席に座っていた。

ドレスの下には、しっかりパニエも履いて、ドレスのスカートは緩やかなAラインを描いている。

しかし、まだ7歳の子供なので、座席から足が浮いてしまうのは仕方ない。

スーツを着たテイル・ゴーストと、少しだけおめかしをしたアリア・フェレオが、レミリアの両隣の席に座っている。

レミリアは、ピンク色の口紅をしているアリアの口元をちらっちらっと見ている。

レミリアは「私もつけてみたい」とせがんだが、アリアに「レミリアは、何も誤魔化さなくても十分可愛いから大丈夫」と言われてしまったのだ。

レミリアの心の声が、私に伝わってきた。「あたしだって、いつか大人になって、いっぱいお化粧もおしゃれもして、本当のプリンセスになれる時が来るわ」と。

子供の些末な夢だが、その心の声が聞こえたらしく、父親のテイル・ゴーストがくすっと笑い、お団子を結った娘の頭を軽く撫でた。


ウィンダーグ家では、レイア以外の家族全員が、アリア達を待っていた。

「ルディさん。レイアさんは?」と、アリアが聞くと、「現在3年間の予定の放浪中です」と、冗談めかせてルディ・ウィンダーグは答えた。

「そうかー。ちょっと残念」と言って、アリアは笑ってみせる。そして、「シェディ君は?」と、アリアは続ける。

「此処にいますよ」と、大人ぶってシェディは片手をあげて見せた。「お久しぶりです。アント・アリア」

「随分お兄さんになったわね」と、アリアは嬉しそうに言った。「また、しばらくレミーと遊んでくれない?」

「心得てます。レミー、今日はちょっと屋敷の中を見て回ろう」と言って、シェディはレミリアに片手を差し出した。

子供達が屋敷の奥に消えると、大人達は応接室に集って、お茶を飲みながら世間話を始めた。


シェディが今回レミリアに紹介したのは、「おじいさまの書斎」に住んでいるもの達の存在だった。

「体はないんだ。だけど、すごくたくさんの…なんて言うんだっけ、霊体? って言うものが住んでる。本当は、じーちゃんか父さんがいる時しか入っちゃいけないんだけど…」

と言って、シェディはこっそりと書斎の扉を開けた。

応接室に居たルディ・ウィンダーグは、屋敷に仕掛けられた「察知」の魔術でそれに気づいたが、子供の好奇心の範囲なら許そうと言う様子で、知らん顔をしている。

レミリアは霊体達が気ままに泳いでいる空間を見て、初めて驚いた顔をした。そして、シェディに聞いた。「シェディは、イーブルアイ使える?」

「うん。ちょっと集中力要るけど、霊視と透視くらいはできる」と、シェディ。

「あの、右上のところ。天井。見てみて」と、レミリアは言う。

シェディはそう言われて、天井を見上げた。唯の影が澱んでいるように見えたが、シェディにもその異様な気配は分かったようだ。

「何かいる」とシェディは呟いた。レミリアも答える。「うん。まだ小さいけど、これから育って行ったら、すごく悪い事を起こすよ」

「霊体なのかな?」と、シェディ。「でも、それなら父さん達だって気づくはず…」

「たぶん、今はまだ居ないんだ」レミリアはシェディには分かりにくいことを言った。「あたし達が見てるのは、きっと未来の様子よ。この部屋に住んでるもの達が、教えてくれてるの」

レミリアはそう言ってから、シェディの手を引いて書斎を出ようとした。「シェディ、早くここを離れよう。時間軸が狂ってる場所に、長くいちゃいけない」

子供達が書斎を後にすると、ドアが自動的にしまって、鍵がかかった。

「あの影のこと、今は秘密にしよう」とシェディが言うと、レミーは頷いた。