Tom ΣⅡ 7

数日後、シェディは父親に申し出、羽の使い方を習い始めた。

母親のシャルロッテは寂しげに見ていたが、シェディはレミリアと共に書斎で観た「悪しき兆候」への危機感を、自分を鍛えることでごまかそうとしていた。

怖いと思うのは、僕に力が無いから。スポーツだけじゃダメだ。もっと、幅広く使える能力がいる。

シェディの決心はそのようなものだった。

シェディは、羽を伸ばす方法と、羽ばたき方をすぐに覚えた。だが、飛翔にかかる魔力のコントロールが追い付かない。

「無茶苦茶に羽ばたいても駄目だよ。落っこちそうになったら、魔力を使って体を浮かせるんだ」と、ルディ・ウィンダーグが指導する。

シェディは、1年間、唯がむしゃらに能力を磨いた。護衛のジャンから、護身術も習った。

そして時々、書斎に忍び込み、「悪しき兆候」が育っていないかをチェックした。

何が起こっても、絶対に負けない力を手に入れる。僕だって、いつかはウィンダーグ家を継ぐんだ。みんなを守れない当主なんて、お飾りも良い所だ。

口には出さないが、シェディは心の中で何度もそう唱えた。


祖母の厳重な守りの甲斐もあって、レミリアは旅行の間、自力で予言の能力を発現することはなかった。

であるが、時間軸のずれや「未来」を見ることが、自然と身につき始めているのは確かだった。

8歳のある日、レミリアは夜中の岩屋で起きるなり、凍り付いた表情を浮かべ、震えを抑えるように両腕で胸を抱いた。

そして、見た夢を祖母に話そうと、ミリィの姿を探した。ミリィは、ベッドをレミリアに譲り、床に敷いた布団の中で眠っている。

「ミリィ。起きて」と、レミリアは囁きかけ、枕をゆすって祖母を起こした。

レミリアが、「真っ赤な河」とミリィに言う。「真っ赤な河が、ずっと流れていく。屍が山になって、死者達の霊体が街にあふれる。そして殺される。ウィンダーグ家の者が」

ミリィはその話を聞いて、寝ぼけていた目をはっきりさせた。「レミー、それはいつ起こるの?」と、祖母は初めてレミリアに「予言」を促した。

「来年の9月26日。殺されるのは…白髪と青い目のおばあさん。シェディのおばあ様」と、レミリア。

ミリィは、寝間着のまま、レミリアをベッドに残し、壁にかけてある世界地図のタペストリーの前に行った。

ミリィが魔力を宿した目で見ると、青い点が表示された。

デュルエーナから北東にある、ロスマイラーの国境付近。針葉樹林帯の辺りに点はある。

ミリィは、袋に入った紫色の粉を、暖炉の炎に振りかけた。

暖炉の炎に映っていた外の様子が変わる。分厚い毛皮のコートを着て針葉樹林の中を歩いている、赤毛の闇の者、リッド・エンペストリーが炎の中に映る。

「リッド。大変なことが起こりそうだわ。そのまま、ロスマイラーの様子を調べてて」

ミリィの突然の呼びかけに、リッドは一瞬驚いた顔をしたが、片手をあげて承諾の返事をした。

紫の粉が燃え尽き、炎がまたディオン山の近隣の様子を映し出す。

それからミリィは、レミリアの元に戻り、「今見た夢を、メモしておきなさい。忘れないうちに」と告げた。


ミリィは、ベルクチュアに居た娘のアリア・フェレオにも連絡を取った。

アリアは急いで塾の講師の仕事とアミュレット工房を数日間休みにし、ディオン山に戻ってきた。

「来年の9月26日…1年無いわね。急がなくちゃ」と、ミリィから事情を聴いたアリアは言って、鬼火のいる沢に向かった。

その近くにある岩場で、アミュレットにするための純度の高い鉱石を探し、良質なアメジストを見つけると、魔力で一部を切り取った。このアメジストを核にして、アミュレットを作るつもりなのだろう。

「知っていた人間が死ぬ」と言う恐怖で震えていたレミリアも、大人達が駆け回ってくれていることで、少し安心したようだ。

そして、ミリィがこう言った。「レミー、あなたはメモに書いたことについて、絶対に何もしちゃだめよ? 予言を行なう者の行動って言うのは、一番予言に影響するの」

レミリアは、怯えた顔のまま真剣に頷いた。

「大丈夫よ、レミー。私達が、出来るだけのことはするわ」と、石を持って来たアリアが娘を励ました。


1週間後、アリア・フェレオが代表してウィンダーグ家を訪れた。応接室に通されたアリアは、当主であるルディ・ウィンダーグと面会し、「良くないお知らせを持ってきました」と告げた。

そして、一年が経たないうちに、ディーノドリン市で大量の人間が死ぬ災厄が起こることと、エリーゼ・ウィンダーグの死が近づいていることを知らせた。

それから、数日の間にかけて高圧の魔力を込めた、ペンダント式のアメジストのアミュレットを取り出すと、「大奥様を守るためのアミュレットです。どうぞお納めください」と言った。

ルディ・ウィンダーグは、事情を理解してアミュレットを受け取った。

「母の死の予兆を、姉に伝言することは必要ですか?」とルディ・ウィンダーグが聞くと、アリア・フェレオは、「レイアさんは、3年以内には戻ってくると言って出かけたのですよね?」と聞き返した。

ルディ・ウィンダーグは「そうです」と答える。

アリアはそれを聞いて続ける。「それなら、レイアさんは既にこのことを知っているか、知らなくても、予言に関わる何かのために行動中なんです。伝言は不要です」

ルディ・ウィンダーグは、それを聞いてため息をつき、待たせていたシェディを応接室に入ってくるように促した。

「シェディ。アリアさんに、何かお知らせしなきゃならないことがあるんだろう?」

ルディ・ウィンダーグがそう言うと、シェディは「はい。こちらに来て下さい」と言って、アリアを書斎に連れて行った。