Tom ΣⅡ 8

書斎に住むもの達以外、誰も居ない書斎にシェディとアリアが踏み込むと、アリアはすぐに「悪しき兆候」の気配に気づいた。

そして天井の右隅を見上げ、「これはどのくらい前から?」とシェディに聞いた。「僕にも、何もしなくても『観える』ようになって来たのは、昨日からです」とシェディは答える。

「ウィンダーグ様達は気づかないの?」と、アリア。

シェディは答える。「屋敷の主達には、この部屋に住むもの達が隠しています。最初に『予兆』の未来を見せたのも、僕とレミーにだけでした」

アリアは、何故、もの達が「屋敷の主には『予兆』を知らせないのか」を推察しているようだった。

だが、魔女らしく長くは考え込まなかった。考え込むほど、直感は鈍る。「ありがとう。教えてくれて」と、アリアは返事をし、二人は書斎を後にした。


私は、レミリアの「予言」を聞いてから、主達には秘密裏に各地の「視点」を操作し、情報を集めていた。

ウェドネスト地方の入り口、グラウドの山奥に、エミリー・ミューゼの屋敷はある。

魔力を拡散し、老婆の姿で「未来」を予知していたエミリーは、先日から、何を何度占っても同じカードが出ると言う現象に、一抹の不安を覚えていたようだ。

「また『審判』か」と、しわがれた声で呟き、表に返したばかりのカードをテーブルに投げる。

そして、拡散していた魔力を引き戻し、15歳ほどの黒髪の少女の姿になった。

エミリーは、これまで占った事柄について、メモを取りながら頭の中で整理していた。

そのメモを見ると、最初に「審判」のカードが出たのは、「首が回らなくなってきた中古車販売店の未来」を占った時だったらしい。

そして、私の気配に気づいた。「うちに監視カメラを仕掛けたのは誰かしら?」

私は反射的に「命令」外の行動をとった。エミリーの家の電話のベルを鳴らしたのだ。このまま無言で観察して居れば、エミリー・ミューゼは私の「視点」を魔力で閉め出してしまうだろう。

エミリーは、渋々と言う風に電話に出た。「監視の後は電話? あなた、ストーカー?」と、エミリーは開口一番に文句を言う。

「申し訳ありません。この電話は『命令外』です。最低限の魔力以外使えません」と、私が言うと、「命令外で私に伝えたいことって何よ?」と、エミリーは言う。

話しぶりから、私が何者かに使役される立場の「魔物」であることは伝わったらしい。

私は、この魔女に短く事情を説明した。1年が経たないうちに、ディーノドリン市に起こることと、それを予言した魔女がいることだ。

「大した悪ガキね」と、エミリーは、以前アーク・マリア・オッドが呟いた言葉と同じことを言った。

「私の魔力がおかしな方向に働いてたわけじゃないのは分かったわ」

その言葉を聞いた時点で、その「視点」に分散できる魔力が底をつき始めた。

「お知らせできただけで幸いです。私は…トム…」名乗ろうとした途端、急激にエネルギーがダウンし、その「視点」の魔力残量は0になった。通話が切れた。

私は、人間であれば、突然片目がつぶれたようなショックを受け、一瞬、私の意識に接続してある機器全てに軽い異常が出た。


ディオン山のレミリアは、眠る度に「赤い河」の夢を見るので、怖がって睡眠を拒否するようになっていた。

ミリィが、レミリアに言い聞かせた。

「レミー。あなたが未来を『観る』のは、何かが『未来』から働きかけているということなの。もちろん、あなたを怖がらせるためじゃないわ。『未来』は、あなたに重要なことを知らせようとしてるの」

レミリアは、その言葉を黙って聞いていた。

「あなたの『怖い夢』が消えた時が、未来が切り拓けたときなの。どんなに怖くても、怯えちゃダメ。今は『未来』から送られてくる信号をしっかり受け止めて。それだけは、私達には代わってあげられない事だから」

ミリィにそう言われて、レミリアは、ようやくベッドに横になった。「眠るまで手を握ってて」と言って、祖母に片手を差し出した。


管理人が住む山小屋に居たテイル・ゴーストの下に、義父であるリッド・エンペストリーから手紙が来た。

テイルはその内容を読んで、自分の娘に起こっていることと、現在アリアやミリィ達が奮闘していることを知った。

そこには、ロスマイラーの様子も書かれていた。テイルにも分かりやすいように。

「ロスマイラーのほとんどの都市では、物価の高騰で、パン一つ買うのに札束が紙みたいに必要だ。何処も彼処も、食うや食わずの人間で溢れてる。

ニュースでは、デュルエーナがルミアラにあった『ロスマイラー所有の鉱山』から、ロスマイラーの許可を得ず直接買い付けをするようになってからこの貧困が始まったとかほざいているな。

ルミアラの資源鉱山を占領する理由のほうが枯渇しているんだ。戦争で勝ったからって、何もかもを奪いつくして良い時代じゃないのに、ロスマイラーの奴等はまだ気づいていない。

ロスマイラー国内では、デュルエーナへの反発をあおる風潮がある。天然資源をほとんど持たないのに、貿易で儲けてるのが気に食わないらしい。

戦火を期待する声も大きいが、上層部は国民に騒がせて知らん顔を決め込む気でいる。国家を上げたマインドコントロールとしては上出来だ。

素直に考えれば、ロスマイラーからデュルエーナにテロを仕掛ける奴がいてもおかしくない。ひねくれて考えるなら、テロを模した犯罪が起こる可能性もある。

今の状態だと、レミリアの「予知」が「予言」になる可能性は大だ。そうなるまえに、俺も策を練る。テイル、お前にはディオン山を任せるからな。何かあったら、逃げ込める場所は必要だ。

山の闇の者達に、人間の世界のことで頼みごとをするのは野暮かもしれないが、なんとか説き伏せておいてくれ」

それを読んで、テイルはしばらく考え込んだ。

「説き伏せるって言ってもな…。山の者は魔術師と悪意のある者以外、人間を見たことないぞ」と、思案顔で呟く。「一度、レミーの様子を見に行くか」

そう言って手紙をポケットに入れ、所持品を持って山小屋を空にすると、テイルはディオン山のデュルエーナ側まで歩いて行った。