Tom ΣⅢ 1

ディオン山の岩屋を、一匹の鬼火が訪れた。暖炉の炎に照らし出された岩屋の中では、レミリアとミリィが眠っている。

その鬼火は、一瞬炎を揺らがせると、人差し指大の、耳の尖った女性の姿になった。

「レミリア。レミリア。起きて」と、鬼火はレミリアの耳に囁く。

いつも通りに怖い夢を見ていたレミリアが、はっと目を見開いた。そして、傍らにいた小人に気づいた。

「あなた、だぁれ?」と、レミリアは小さな声で聞く。

「私はエッジ。あなたのお母さんのアシスタントって所かな」と、鬼火の小人は答えた。「あなたのお母さんに言われて来たんだ。レミリアの負担を減らしてあげてって」

「負担?」と、言葉の意味を測りかねてレミリアは問う。

「そう。毎日悪夢続きじゃ、精神的にまいって来ちゃうでしょ?」

エッジはそう言って、鬼火の姿に戻ると、レミリアの額にとりついた。「私の魔力で、あなたの意識と『予知夢』を、少しだけ切り離す。夢自体が見えなくなるわけじゃないけど」

「うん。分かった。お願い」とレミリアは言って、また引きずり込まれるように眠りに就いた。

その鬼火の魔力を探ると、レミリアの見ている夢の詳細が分かった。

レミリアは、それまで「自分自身の目線」で観ていた夢の視点が変わったらしい。明晰夢が俯瞰に代わり、累々と並んでいる屍と焼け焦げた建物が見下ろせる。

「こんなに広い場所が壊されてたのね」と、夢の中のレミリアは呟いた。

「誰だろ? 誰か、私の魔力についてきてる…」エッジは私の気配に気づいた。

「きっと、ラナだよ。いつもディオン山を見てる、お月様みたいなもの」と、レミリアはエッジの疑問に応えて言う。

「ふーん。ずいぶんへんてこりんな魔物だな。まぁ良いか。レミリア、ついでだから、この夢の中を見て回ろう」と、エッジが言うので、レミリアは怯える心を抑えた。

「ちょっと怖いかもしれないけど、ラナやあなたがついてきてくれるなら、大丈夫」と、レミリアは答えた。


レミリアは空を飛ぶように、街の中を見回した。「いつも、赤い光が見える場所があるの」と、レミリアは言う。「この辺りのはずだけど…」

「赤い光って…もしかして、あれ?」と、エッジが小人の姿の小さな指を一方に向ける。

そこには、炎とも夕日とも違う、「悪意」の放つ赤い光が見えた。

「そのビルの影に隠れて」と、エッジが言った。レミリアは、すぐ右手にあった、壊れかけたビルの影に隠れた。

「向こうは、見られているのに気づいているみたいだ」と、エッジ。「私はあなたから離れられないし…どうする?」

レミリアは、エッジの魔力を追って来ていた私に言った。「ラナ。お願い、あの赤い光が何なのか、よく観てみて」

私は、「視点」の角度を調節して、通りの反対側にあるビルに映っている「悪意ある者」を観察した。

「攪乱」の魔術がかけられているわけでもないのに、私の「視点」でも、焦点が合わせずらい。だが、一瞬だけ「悪意ある者」が鮮明に写った。

その途端、夢の場面が変わった。

様々なイメージの断片が行き交ってから、ベッドで眠っている老婆が現れた。エリーゼ・ウィンダーグだ。

その周りに、ウィンダーグ家の家族と、医師と看護師が付き添っている。

心電図に、エリーゼの脈拍が刻まれている。

ピーッと音が鳴り、脈拍は途切れた。

その途端、レミリアは目を覚ました。


起きてから、レミリアは岩屋の裏口に来て、私の「視点」に話しかけた。

「ラナ。ついてきてたでしょ? でも、今まではあんなに穏やかな感じじゃなかったの」

レミリアは言う。「シェディのおばあ様は、今まで色んな死に方をしてた。銃撃に遭ったり、ナイフで刺し殺されたり、もっとひどい死に方の時もあった」

エッジがそれを聞いて、「じゃぁ、何かが変わりかけてるってこと?」と、レミリアに聞いた。

レミリアは、頷く。「うん。エッジが私の視点を変えてくれてくれたからかな」

エッジが、「ミリィには言う?」と聞いた。

「言わない」とレミリア言う。「あの赤い光の正体が分かるまで、内緒にする」

「ラナって言う奴は、あの光が何か知ってるんでしょ?」と、エッジ。

「知ってる。でも、ラナはいつも見てるだけなんだ。何かしゃべったりは出来ない…」そう言って、レミリアは私の「視点」の魔力を追って、ディーノドリン市を見た。

「ディーノドリン市…」と呟いて、エミリアは何か考えているようだった。そして私の「視点」に言った。

「ラナ。ディーノドリン市に、あなたは居るんでしょ? 私、会いに行く」

「ちょっと待って」と、エッジは止めた。「ディーノドリン市って、相当広いんだよ? 何処を探すつもりさ」

「パルムロン街に、親戚のお家があるの。魔術のかかったお家。そこで、ラナの居場所を探せる。ラナは強い魔力を持ってるから、『探知』の術を使えばきっと見つかる」

そう言ってから、レミリアは「私、まだ『探知』の術は使えないんだ」と打ち明けた。

「ミリィには秘密で出かけるの?」と、エッジは聞く。

「もちろん。ミリィは、私はなんにもしちゃいけないって言ってるから…。だけど、ラナしか知らないことは、ラナに聞かなきゃ」

そう言って、レミリアは私に会いに来る計画を立て始めた。