Tom ΣⅢ 3

エミリーが宿に行き、レミリアを客間に泊めさせることにした我が主は、さっそくレミリアの保護者に連絡していた。

「もしもし? ナイト・ウィンダーグだ。ミセス・アリア・フェレオの番号で間違いないかな?」

「ウィンダーグ様!? あの、もしかして、私の娘が…」と、アリアは事情を察して言う。

「その通り。当家に来ていますよ。天地をひっくり返させられる情報を持って来てくれました」と、主は言う。「家出ではないので、ご安心ください」

電話口で、アリアは「良かったー」とため息をついた。そして、電話の向こうで、「レミーが見つかったよ!」と、誰かに大声で告げている。

明日アリアが迎えに来る約束をすると、承諾の返事と挨拶をして我が主は電話を切った。


レミリアは、客間のベッドで眠っている間、不思議な夢を見ていた。

鬼火のエッジが、いつもと同じようにレミリアの視点を、明晰夢の状態から俯瞰の視点に切り替えている。

真っ白な花が咲く庭を眺めているレミリアの視点に、もう一人のレミリアが映っていた。

もう一人のレミリアは、花園のクローバーで草冠を作っていた。

「レミリア」と、誰かがもう一人のレミリアに話しかけて来た。「丁度良い時に会いに来てくれたわね」

それは、シェディの祖母、エリーゼ・ウィンダーグだった。

俯瞰から花園の2人を見ているエミリアは、エリーゼの顔に「死の兆候」が現れているのを知った。

「私…もっと早く来てれば…」と、草冠を作っていたレミリアは泣き出しそうな声で言った。

その声は、俯瞰の視点から見ているレミリアの心の声でもあった。

「良いのよ。私はたくさん生きた。辛かった時も、楽しかった時も、いつも家族と一緒だった。それだけで、私はとても幸せ」

エリーゼはそう言ってほほ笑むと、レミリアの頭を撫でた。

「良い? レミリア。世界を二つに分けようとする人はたくさんいるけど、決して、世界が二つに分かれることなんて無いのよ?」

エリーゼの言葉を、レミリアは真剣に聞いていた。

「時間の中は、昼と夜だけじゃないでしょ? 朝も夕も、とても愛しい時間。世界は、正しい事と悪い事だけじゃないの。未来は無数に変化する。自分を信じて進みなさい」

クローバーで作った草の冠を、花園に居るレミリアは、エリーゼの頭に乗せた。

「ありがとう」と言ったエリーゼは、草冠を被ったまま花園から掻き消えた。

その夜から、エリーゼ・ウィンダーグは、眠ったまま目を覚ますことはなかった。


アリアがウィンダーグ家に着く頃、屋敷には静かな沈黙が訪れていた。

アリア・フェレオは、屋敷の門をくぐるなり、グッと唇をかみしめた。「そう…間に合わなかったのね」と、独り言ち、ワイルドフラワーガーデンを屋敷へ向かって歩いた。


エリーゼ・ウィンダーグは、昏睡状態のまま病院で眠っていた。

病院の医師の話では、脳に腫瘍があるらしい。

シェディは、「悪しき兆候」を、自分とレミリアが秘密にしていたせいだ、と心の中で自分をなじっていた。

ウィンダーグ家に娘を迎えに来たアリアが、レミリアを連れて病院に来た。

「シェディ」と、レミリアが声をかける。廊下の長椅子に座ったシェディは、俯いたまま顔を上げない。

レミリアは、エリーゼが昏睡状態になる前に、レミリアの夢の中で告げた言葉を、シェディに伝えた。

「おばあ様は…幸せ、か…」と、シェディは呟く。

レミリアは言う。「シェディ。眠ったきりって言っても、エリーゼおばあ様はまだ生きてるわ。病院でしか会えないけど、毎日会いに来てあげて。たくさん声をかけてあげて。必ず、聞こえてる」

シェディは暗い表情を少し緩め、「うん。僕にできることは、そのくらいだもんね…」と自嘲した。


我が主、ナイト・ウィンダーグは、老紳士に「変化」し、孫を連れて毎日病院に通った。花束を届け、眠ったきりの妻の手を取って、妻との昔話をした。

「君はプロポーズに応えてくれたんだが、その時の言葉を一向に思い出せないんだ」と、冗談めかせて我が主は言う。「その言葉が思い出せれば、私も心残りはないんだがね」

「おじい様まで急に居なくなったら嫌だな」と、シェディは言う。「父さんは、まだイマイチ頼りないからさ」

「何を言う。お前の父親だって、元は…」と、珍しく我が主は自分の息子の武勇伝を孫に聞かせている。

病室に響く2人の声を聞きながら、エリーゼは、ほんの少しほほ笑んでいるようだった。


頼りないと我が子に言われてしまっている、ルディ・ウィンダーグだが、我が主が「しばらくお前に任せる。状況は、天変地異を避けられるかどうかの瀬戸際だ」と言って残して行ったデータを元に、

書斎に住むもの達や、親類縁者の手を借りて、捜査を行なっていた。

私の記録した、レミリアの「予知夢」の中のデータも、慎重に吟味している。

「自我と魂を失っていると言っても…これだけの魔力を維持しているなら、相当な能力者だな…」

私のデータに残っていた「悪意ある者」は、私の視点に向けて、一瞬、鞭のような魔力を放っていた。

その気配を察して、レミリアは瞬間的に「夢」を錯綜させ、行方をくらませて別の意識に飛び込んだのだ。

「トム・ボーイ。君に記録してあるにある魔術師のデータから、この魔力と同じ力の持ち主を検索して」

ルディ・ウィンダーグの命令通り、私はディーノドリン署に保管してある魔術師の全項目を検索した。

だが、該当する者はいない。

「該当、0件」と表示すると、ルディ・ウィンダーグは、「そうなると、デュルエーナ以外の魔術師と言うことになるな」と言って、スクリーンショット状態にしてあったデータを見返す。

「この魔力は、間違いなく人間だ。だが、何かを纏っている気配がする」

そう言うと、電話の受話器が宙に浮き、ルディ・ウィンダーグの耳元に滑り込んできた。

暗記しているらしい電話の番号が回り、勝手に電話が呼び出し音を鳴らす。

「もしもし? ルディ・ウィンダーグと言います。ミスター・テイル・ゴーストはいらっしゃいますか?」

「ああ、テイルね。居るよ」と、荒っぽいしわがれた男性の声がする。電話の口も押えず、電話に出た男性は大声で「おーい。テイルー?! いつものにーちゃんだぞー」と呼びかけた。