Tom ΣⅢ 5

旅先で、レイアはデュルエーナの辺境に住む老婆の未来を占っていた。

占いを終えてカードを片づけようとした時、風が吹き、一枚のカードを落とした。

「審判」のカードが、レイアのほうを向いて正位置で地面に落ちる。

レイアは、さっき吹き抜けた風の中に魔力が宿っているのに気づいてくれた。

私が命令外で出来る、なけなしの魔力を使って行なったサインだった。

その時、レイアが居たのはメルヘル地方の国境付近。彼女も、魔女としての直感で、自分がいなければならない場所が分かっていたのだろう。

「審判か…」とレイアが言ってカードを拾うと、顧客の老婆が「なんと恐ろしい」と呟いて、祈り始めた。

「安心して。これは、私へのアイサインみたいなものだから」と明るく言ってレイアは老婆を安心させた。


その日、レイアの「伝心」が、ルディ・ウィンダーグの元に届いた。

「ルディ。挨拶は省くわ。トム・ボーイから合図が届いた。状況を教えて」

その時、レイアは先ほど占っていた老婆の家に泊めてもらい、客用の寝室に結界を張って弟に念波を送っていた。

「トム・ボーイから? 父さんがてこずっただけあって、結構勝手に動くんだね。確かに、いくつか知らせなきゃならないことがある」

ルディ・ウィンダーグは、「追跡」の魔術と、「転移」の魔術で、姉に私が集めたデータを書き記した羊皮紙を送らせた。

レイアがイーブルアイで、暗号の書かれた羊皮紙を見る。レイアが狙わなければならない人物の外見の画像と、魔力の性質が読み取れたようだ。

ルディ・ウィンダーグが、姉に心の声を送る。

「敵は7人。それはそのうちの一人。事前に警察が捕まえても、魔術で逃げ出してしまう恐れがある。出来るなら、魔術の儀式を始める直前を押さえなきゃならない」

「OK。荒療治になるかも知れないけど、魔術師として復帰出来ないくらいに痛めつければいいかしら?」

「回復不能なくらいでも良いんじゃないかと思うよ? こう言うのを生き延びさせておいても、税金かかるだけだから」

「あなたも、父様に似てきたわね」

「子供持ってから思うんだけど、あんまり父様には似たくないかな。でも、ある程度は親子として影響してしまう部分はあると思う」

「あなたはいつでも親孝行できる状態なんだから、ちゃんと家に貢献しておきなさいよ」

「あ。思い出した。もう一つ。母様が、昏睡状態から回復できなくなってる。今は入院中。もしもの時は教えるから、『飛んで』きて」

「その時は、全力疾走して行くわ。じゃぁね」

姉弟の会話はそれで途切れた。


9月が来た。私は発電所をいくつか占領し、あらん限りの電力と能力をフル稼働して、恐らく7人いると思われるテロリストのうち、5人の居場所を突き止めていた。

レミリアはディオン山で、アリアとミリィに守られている。レミリアの「睡眠時間」は、9月が近づくにつれて異様に長くなり、最低限の生命維持をしながら眠り続ける時間が増えた。

だが、「真っ赤な河」の夢は見なくなったようだ。鬼火のエッジの魔力を辿って、ディオン山の私の「視点」である、ラナがレミリアの夢の中について行っても、真っ暗な風景が続いているだけだ。

未来が混迷し始めたと言う事だろう。

リッド・エンペストリーも、8月が終わる前には自由に飛翔できるくらいに回復し、「ウィンダーグ家から、ちょっとしたお使いを頼まれた」と言って、ディオン山を後にした。

テイル・ゴーストは、山の管理人の仕事を休み、ディオン山脈から少し離れた国境沿いを警戒していた。

そして、ある日見つけた。登山者の格好をして、デュルエーナとベルクチュアの国境付近で待機している者を。

テイルは、こっそり持って来た証書をかざしながら、その不審者に声をかけた。「国境警備員だ。ベルクチュアの者か? こんな所で何してる?」

「道に迷っただけだ」とその不審者は言う。テイルは、職務から外れない言い方で、「これ以上東に行くとデュルエーナへの不法侵入になる」と言うことを伝えた。

不審者はのろのろと居場所を変えた。だが、テイルが見えない位置まで行くと、また地面に腰を下ろして、何かを待ち始めた。

テイルは辛抱強く不審者に声をかけ続けたが、ついに不審者が口火を切った。「お前に恨みはないが、邪魔をするなら消えてもらおう」

そう言って、手の中で練った魔力で、テイルの腹を殴ろうとした。

赤い雷のような光が放たれ、テイルの着ていた登山用のコートの上着が八つ裂きになったが、それ以上のダメージは受けなかった。

テイルの首で、反魔術のかかったペンダントが、ぎらぎらと魔力を発して光っている。

「お前、分かってるか?」テイルは不審者の腕をつかんで言う。「今の行動を、普通の人間に行なってたら、殺人罪だぞ」

そう告げてから、唖然としている不審者の腕をねじり上げ、意図的に腕の骨を折った。

痛みで魔術に集中できない不審者の喉元に、鬼火の魔力を宿した右手の人差し指を突きつけた。

「封じ」の紋章が不審者の皮膚に浮かび上がる。紋章は青い光を灯して、火傷のような痕をつけた。

これで、このターゲットは一生魔力が使えないと共に、声を出すことも出来なくなった。

テイルは不審者を呪術のかかった縄で縛り上げた後、鬼火の弟達をミリィの岩屋に「転移」させ、ターゲットを一人始末したことを告げた。


「テイル君が上手くやってくれたみたいだな」と、「ラナ」から送られてきた情報を携帯型の端末で見て、ルディ・ウィンダーグは自分の担当であるターゲットを追う足を速めた。

ルディ・ウィンダーグが追っているのは、ターゲットのうちの一人である女性、マリー・エトルだ。

修道女の姿をして、ラグレーラの街を西へ歩いている。マリー・エトルは、7人の中の「伝達係」を行なっている人物だ。

霊媒師として能力が高く、遠く離れた仲間の情報を全員に伝える役割と、「愚者の制裁」を行なうための魔力の伝達を行なうことになって居る。

「愚者の制裁」と、「爆雷の魔法陣」は、表裏一体のような魔術で、「愚者の制裁」を行なった後、各地で贄として術者が死ねば、中心に居る者が魔力をコントロールして、「爆雷の魔法陣」を起動させることが出来る。

水爆規模の魔力に耐えられる場所に居るとなれば、中心の術者は地下に魔力を通さないシェルターを作っている可能性が大きい。

ルディ・ウィンダーグは、マリー・エトルが「愚者の制裁」の後、「爆雷の魔法陣」を起動させる術者であると踏んでいる。

私の調査した情報通り、マリー・エトルはあるビルの地下にあるシェルターに向かっている。まだ、ディオン山で一人が「封じ」の魔術を受けたことには気づいていない。

ルディ・ウィンダーグは、地下への階段を人間以上の速度で駆け下り、エレベーターでシェルターの前に辿り着いたマリー・エトルの前に立ちはだかった。

「こんな時間に、こんな場所に何の用です? シスター?」

マリー・エトルは言い訳を一瞬考えたが、明らかに彼女の目的地は、ルディ・ウィンダーグの背中の方にある扉だ。

「あなたは誰ですか? 警察を呼びますよ」と、エトルは一般人のふりをした。

「私はちょっとした記者です。実は、近々核戦争が起こると言う情報を持っておりまして」

にこやかに言って、ルディ・ウィンダーグは後ろを扉を指した。

「あなたも同じ情報を持って居て、シェルターの様子を毎日見に来ているいると知ったのです。つい数週間前から」

マリー・エトルは、顔を真っ赤にしたが、穏やかな表情のまま、何も言わなかった。

ルディ・ウィンダーグは、ちらりとシェルターを肩越しに見てから、またエトルのほうに視線を戻した。

「ずいぶん不思議なシェルターですね。呪詛に使う品々が置かれて、魔法陣が備えられてる」

「私も、不思議な部屋だとは思っています」と、エトルはあくまで一般人のふりをした。「知人から、様子を見て状態を保存してほしいと頼まれているのです」

「その知人と言うのは…」と言って、ルディ・ウィンダーグは、携帯型の端末を上向きにした。「この人ですか?」

私の魔力を宿した端末は、ホログラムのように「ディム・シンカー」の姿を映し出した。

穏やかだったエトルの表情が、引きつった。