Tom ΣⅢ 8

メルヘル地方のリエンと言う田舎町に、レイアの姿があった。レイアは、既に私の「視点」の増幅と、予言の期日が近づいていることに気づいている。

人ごみに紛れて、彼女を追って来ている者が居た。

レイアは、一瞬振り返ってイーブルアイで人波を透視し、また何事もなかったかのように前を向いて歩き出した。ターゲットを見つけたのだ。

どうやら、レイアのターゲットも、レイアを狙っているらしい。

レイアは、敵の歩幅と歩くスピードを計算に入れ、ターゲットが踏んだら発動する力場を、こっそりと自分の足跡の中に作っていた。

狙いも正確に、力場が炎を発した。人間が一人、炎に包まれ暴れ狂っている。

レイアは、周りの者達に炎の害が及ばないうちに、ターゲットと自分の居場所を、砂丘地帯の一角に「転移」した。


居場所を移すと、途端にターゲットは炎を四散させ、ダメージを受けた皮膚や筋肉を再生させた。

レイアは、自分のほうに飛んできた炎の一片を、片手ではじき、受け流した。炎は魔力を失って消えた。

傷の癒えたターゲットは、所々焼け焦げた魔術着の胸を叩き、服を元通りにした。

「あら。身なりに気を付けてくれるのは、気の利くことね」レイアがそう言うと、「私をディム・シンカーと同類と思うな」と、ボルドーの目をしたアルビノの人物は言い返す。

「ロナウド・フェンネル。テロリズムに手を染めた理由は?」レイアは問う。

「魔女が聞くには、ずいぶん間の抜けた問いだな」と前置きし、「『狩り』が如何様なものかを知っているなら、デュルエーナの現状は嘆かわしい」と、ターゲットは答える。

「魔術でテロを起こせば、さらに魔術への印象が悪くなるだけよ」と、レイア。

「ディルエーナの上層部は、魔術でテロが起こせるとは思っていない。嫌悪するのみで、その力を理解しようとはしない」

そう言って、ロナウド・フェンネルはレイアに片手をのばす。

「レイア。いや、レナ・ウィンダーグ。お前の髪か爪を一欠けもらいたい」

「私にテロリズムに加担しろって言うの?」

「母親が死にかかっているんだろう? 彼女の死を、意味のあるものにしたくはないか? お前の力の一端を借りれれば、『天寿の儀』は完璧な仕上がりになる」

「上手く言い換えてるけど、つまり母親を贄にしろって言ってるのよね? お断りだわ」

「贄ではない。お前の母親は、新しい世界の聖母となるのだ。弱き人間達を肉の檻から解き放ち、天へと導く。世界に残るのは、魔力を持った者達だけだ」

「あなたも、魔力を持たないものを嫌悪するだけで、その力を認めてないのね」と言って、レイアは所持品を入れた鞄を、砂の上に投げた。

「あなたに手は貸さない。私の髪か爪がほしいなら、殺して持って行けば?」

レイアが自分の「力場」を展開すると同時に、ロナウド・フェンネルも「力場」を展開した。

二つの力がぶつかり合い、魔力を持つ者にしか聞こえない、雷が雲を泳ぐような音が砂丘に響く。

二人の力は、ほぼ同格。

私は、二つの力の出力と変動を細かく観察した。

ロナウド・フェンネルは、鉄の壁のような圧力のある力を放出している。

レイアの魔力は細かく波を打つが、出力が強まった時、爆発的な威力を発揮する。

じわじわとレイアが「場」の競り合いを制し始めた。

ロナウド・フェンネルは、「力場」の押し合いを解除し、レイアに向かって魔力の槍を投げた。

レイアは、広く展開していた力場を縮小し、硬化した。魔力の槍が結界にぶつかり、はじけ飛ぶ。

そして、すぐに両手に魔力を集中し、風の魔力を放出した。槍を投げると同時にロナウド・フェンネルが向かって来るのは分かっていたようだ。

真空の唸る音が響く。獣の爪のような魔力を宿した片手を宙にとどめ、ロナウド・フェンネルは胸を裂かれて倒れこんだ。

私がその一瞬を分析すると、レイアはロナウド・フェンネルに向かって、真空の刃を幾重にも放っている。

ロナウド・フェンネルが両手に宿していた魔力は、雷を発生させる魔術由来のものだ。

レイアの魔力は雷と相性が良い。魔力の相性が良いと言うのは、気配もすぐにわかり、瞬時に対応できると言う事でもある。

ロナウドの爪は、レイアの髪に触れる直前で、結界に遮られていた。

「ギリギリセーフ」と言って、レイアは、刈り取られるところだった自分の髪の毛をさらっと撫でた。

「さて、放っておけば死んじゃうくらいの出血量だけど、助かりたい?」と、レイアはロナウドに聞く。

「命など要らん」肺から上ってくる血にむせながら、ロナウド・フェンネルは言う。「教えてやろう。術は、既に起動している。お前が、母親に会いにけば、自動的に『天寿の儀』は発動する」

「そう。大した紳士ね。聞いてあげる。本当は、なんでテロなんて起こそうとしたの?」と、レイア。

「今更、言葉には意味もない」

そう言い残し、ロナウドは喀血をやめた。気道に血液が充満している。酸欠で脳が死ぬのは間もない。

レイアは、ロナウドの背に手をかざした。ロナウドの記憶を読み取っているのだろう。

そして、離れた場所に放り投げてあった鞄を手に取ると、砂丘地帯から何処かへ「転移」した。

私は風を操り、ロナウドの亡骸を砂で隠した。ロナウドの霊体は、何も迷うことが無いように、体を抜け出し、陰鬱な目をしながら消え去った。


眠り続けていたレミリアが、ディオン山の岩屋で目を覚ました。

「おかあさーん。ミリィー。今、朝?」と、寝ぼけた様子で聞く。

その声を聞いて、ミリィが岩屋の奥からベッドの近くに来る。

娘を見守りながら、緊張状態の続いていたアリアは、レミリアの暢気な声を聞いて肩の力を抜いた。「夕方よ。怖い夢は見なかった?」

「うん。真っ暗な空に、パーって光が射すの。私は、『夜が明けたんだ』って思って、起きなきゃって思ったの」と、レミリアは言う。

その言葉を聞いて、アリアとミリィはため息をつき、微笑んだ。