Tom ΣⅣ 4

18歳になったシェディ・ウィンダーグは、家庭教師から「大学入試を受けてみないか」と言われた。

小さな頃から、屋敷の中で勉学を学んできたシェディにとっては、もし入試に受かって大学生になれば、初めての学校生活を送れることになる。

親戚と使用人以外、外部と接点が無かったシェディは、その提案を快諾した。

どの大学に行くかを選択し、受験勉強を始めた。

時々、骨休めに、文章を書くことが増えた。

日記を書く時もあれば、散文的な詩を書いたり、その詩に刺し絵を描いたりした。

その文章は、自分の部屋の机の中に隠していたが、ある日、受験勉強中であろう自分の息子をこっそり励ましに来たルディ・ウィンダーグに、ラクガキを観られた。

「シェディ。君、詩や絵に興味があったのかい?」と、ルディは息子に聞いた。

「なんでもないよ。唯の気分転換さ」と答えて、シェディはラクガキを隠した。


次の日、ルディ・ウィンダーグが、かつて自分も読んでいた物語の、最新版を買って来て、シェディにプレゼントした。

タイトルは、「ゴーストタウンのキャロル」。著者は「ミネルヴァ・クルシェ」。なんの冗談か、著者の生年月日の欄には、900年以上前の年代が書かれている。

シェディがパラパラとページをめくってみると、主題である「ゴーストタウンのキャロル」の他に、数点の短い物語がつづられていた。

どの物語にも、同じ名前の魔女と精霊が出てくる。

「大元は、『ある魔女の物語』って言う、この著者のお得意のシリーズなんだ」と、ルディは息子に本の内容を短く説明した。

「ふーん。ありがと。時間のある時に読んでみるよ」と、シェディは素っ気なく答えた。どうやら、自分のラクガキを観られたことをまだ恥ずかしがっているようだ。


「ゴーストタウンのキャロル」は、シェディの冒険心を夢中にさせた。自分とそう年の変わらない魔女が、世界を飛び回り、各地の古代魔術の遺産の謎を解き明かして行く物語だった。

シェディは、文字上の人物である、物語の主人公「リオナ・メディーナ」を思い浮かべて、心をときめかせ、リオナと行動を共にしている精霊のように、リオナと共に世界を飛び回れたら…などと空想した。

遅ればせながら、シェディも思春期を迎えつつあるらしい。風変わりな「ときめき」ではあるようだが、リオナ・メディーナは、シェディの初恋の人物となった。

それから、シェディの描くラクガキに、変化が現れた。

恐らく「リオナ」の姿を思い浮かべ、描き写そうとしたらしい、黒衣の女性の人影を何度も描いた。

だが、デッサンを知らないので、思うように四肢のバランスが取れない。

物語を読むに、リオナは「一度もコルセットで締め付けたことが無いような」自然なスタイルと、たるみも歪みも無い筋肉質な体つきをしているらしい。

ふくよかな女性を描くことを好む画家達が集った、大昔の美術の本を読んでも、参考にはならないようだ。

ある日、シェディは思い切って家庭教師に「人物画の勉強がしたい」と言い出した。

それまで文学部を希望していたシェディの意向とは、全く違ったので、家庭教師は驚いて「何があったんだい?」と問いかけた。

シェディは、小説の話は伏せて、「美術に興味が出て来た」とだけ伝えた。

教師は突然の進路変更に戸惑ったが、大急ぎでプランを組み替え、その時点からでも間に合う美術大学の入試を探し始めた。


一般的な入試試験と同じものを受けて入学する方法もあったが、シェディはデッサンを学びたがった。

「入試で実技を選ぶ」ことを条件に、写実画を教える絵画スクールに通うことを許された。

本格的な美術を学びながら、シェディは心の聖女である「リオナ」の姿を、段々とはっきり描くようになった。

何度も描きなおしながら、入試前に最初のリオナの肖像画が出来上がった。

その絵は何日かシェディを満足させたが、美術を学ぶ上で発達した感覚が、理想と実物のギャップに気づくようになってきた。

「リオナはアメジスト色の瞳をしてるんだ。こんな、干しブドウみたいなカラカラの眼のわけが無い」と言って、お気に入りだった最初の作品を物置にしまうと、新しいキャンバスを取り出して、

より一層、理想に近い「リオナ」の肖像を描き始めた。

入試の日も、朝早くから起きて、シェディは書きかけの絵に加筆をしていた。

振り向きざまに微笑みかけているような「リオナ」が見つめ返してくる絵を観て、「今度こそ、君に会えそうだ」と言うと、シェディは余裕を持って入試会場に向かった。


無事入試をクリアし、入学準備の間の時間を使って、シェディは創作を続けていた。

「へー。ずいぶん美人じゃないか」と、部屋にこもりきりの息子の様子を見に来たルディ・ウィンダーグが「リオナ」の肖像画を観て言った。「でも、ちょっと人間味が足りなくないかい?」

「人間味?」と、シェディは不機嫌そうに聞き返す。ルディは言う。「うん。温かさって言うか…。血流があるように見えないって言うか」

「生々しさは必要ないよ」と、シェディ。「心に思った姿を現実の形に置き換えてるんだ。どんな画家でも、ある程度人間味は無くなる」

「うーん。でも、モデルを観ながら描くって言うのも重要じゃないかな」と、ルディ。

この言葉が、後々大変なことを引き起こすとは、この時のルディ・ウィンダーグは考えていなかったようだ。