Tom ΣⅣ 6

昼間のシェディの様子を、我が主ナイト・ウィンダーグに伝えると、「それは…おかしなところで私の遺伝が発揮されているようだな」と主は言った。

「吸血鬼としての才能ですか?」と私が問うと、「ああ。ダーク・タレントと言うんだ」と、主は答える。「その時、レミリアの眼をえぐり出さなかったのは、人間としての心が勝ったからだろう」

私は提案した。「シェディ・ウィンダーグとレミリアの接点を無くしますか?」

我が主はそれには反対した。

「むしろ、接点を増やしたほうが良いな。いつまでも、自分の理想像に巡り合えないからこそ、瞳を抉ってしまおうかとまで思うようになるんだ。さて、レミリアにモデルの依頼でもするか」

私は主の決定に従い、アリアの一家が泊っている宿のフロントに電話をした。


シェディが夏休みに入ってから、レミリアが一人でウィンダーグ家を訪れた。数日分の着替えと、身の周りの物を持って。

レミリアは、ディーノドリン市に来ることに抵抗はなかったようだ。

「トム・シグマ」としての私の視点の気配が、かつてディオン山を観察して居た「ラナ」の視点と同じ魔力を持っていると分かったからだろう。

ウィンダーグ家にレミリアを乗せた馬車が着くと、シェディ・ウィンダーグは率先して迎えに行った。

レミリアが応接室で休憩のお茶を飲んでる間に、シェディはレミリアに着せるために用意しておいた衣装を確認し、ポラロイドカメラを用意していた。


レミリアが衣装を着て、指示されたとおりにポーズを取ると、シェディはその姿を何度か写真に収めた。

それからシェディはポーズを決めているレミリアを観ながらデッサンを始めた。15分おきに休憩を取り、レミリアは多少無理な姿勢をほぐし、シェディは目と手を休めて集中力を持続する。

レミリアが食事を摂りに席をはずすと、シェディはパンをかじりながら写真を見て、細かいデッサンの崩れや、肌や髪の色の修正を行なった。


最初は緊張していたレミリアだったが、そのうち、モデルを務めながらシェディとたわいのない会話をするようになった。

「『リオナ』はどんな人なの?」と、レミリアが聞くと、シェディはリオナの冒険譚をまじえながら、自分の想像する「理想の彼女」のことを話した。

幼い頃から、想像力を発揮すると言う機会のなかったシェディは、自分の持っていた「ファンタジー」をレミリアに打ち明けることで、童心を満たしているようだ。

ひと夏の間を、レミリアはモデルの仕事に費やし、シェディはようやく見つけた「理想の瞳」を、何度も絵に描き、写真に撮った。

レミリアがベルクチュアに帰る日、シェディは「リオナ」の肖像が描かれた、一枚の小さなキャンバスを渡した。

背格好は20歳前半ほどに見える大人の女性だったが、瞳だけはレミリアのものと同じ、無邪気さと幼さを留めたアメジスト色の少女の眼をしていた。

「これが『リオナ』?」と、レミリアが聞くと、シェディは「今の僕に描けるものの中で一番上出来のね」と告げた。


ある日、テレビで生中継が報じられた。それは、デュルエーナ国王の「告白」であった。野外の演説会場で、女王は話し始めた。

「私はこの日まで、我が国で起こっている悲劇を黙認していた」

60歳を近くに迎えた女王は、威厳ある言葉で国民に伝えた。

「私の祖母は、魔女である。私も幼き日から、魔術と共に生きてきた。かつて繁栄した魔術と言うものの存在を抹消しようとするこの国は、自らのアイデンティティを壊しているも同様なのだ。

どのような力でも同じく、悪しき意図をもって使えば邪悪なるものと化し、神聖な精神と共にあれば、人、家族、国家、世界を正しい方向へと導くだろう。

この国で『狩り』が荒れ狂っていたこの20年あまり、私は心を引き裂かれる思いで、祖母がくれた豊かな過去と離別しようとしていた。だが、それは誤りであった。

『闇』を理解できないものと恐れるなかれ。我々に必要なのは、その中にある神聖な精神を取り戻すことだ。決して『光』だけが我々を導いたのではない。

世界には日の出が必ず訪れる。そして、必ず夕暮れも訪れる。そして来る『夜』の世界。我々はこの世界と共に、無限の変化を手に入れてきた。その事を忘れてはならない。

『夜』に従う者達よ、今こそ我々は手を取り合う時だ。皮膚の色で差別されていた世界を抜け出した時と同じく、我々は『夜』を恐れる心を脱ぎ去る時が来たのだ」

演説会場に、どよめきと歓声が上がった。次の瞬間、演説の壇上へ向けてどこからか狙撃の銃弾が放たれた。

女王の隣に居た護衛が、いち早く気づいて女王を物陰に座らせ、自分の身を盾にした。

私は、演説会場を望める防犯カメラの視点で、狙撃手の位置を確認した。狙撃手は、既に逃げる準備をしている。

テレビを観ていたルディ・ウィンダーグが、携帯型の端末から私に命令を下した。「狙撃手を捕えろ」

私は、自分の見ている「視点」の映像を確実にディーノドリン署の端末に送り、狙撃手が逃げようとしているルートを人間達に伝えた。

狙撃手もプロだ。防犯カメラの「視点」を確実に切り抜けて行く。

私はディーノドリン市上空の「視点」を操り、演説会場周辺の克明な状況を「速報」し続けた。

警官隊が次第に包囲網を固め、追い詰められた狙撃手は、片手に銃を持ち、銃口を自分の口に向けると、引き金を引いた。


デュルエーナ国王が、今まで密かに一般化していた「狩り」への反対意思を示したことにより、それまで「狩り」のことを知らずに過ごしていた魔力を持たない一般人達も、

「魔術」や「魔女狩り」についてを認知するようになった。

しかし、この頃には、優秀な「魔術」を扱う人材は、ほとんど他国に逃れていた。

リッド・エンペストリーの話によると、女王陛下が望んでいた「手を取り合う者」達は、遅れて報じられたこのニュースを、白けた顔で聞いていたらしい。

「アリアに、デュルエーナに帰ってくるかって聞いたら、『女王陛下の呼びかけは、何処かの牧師さんの語ってた夢と同じレベル。まだまだ危なっかしいわ』だとさ」と言うことだ。