Tom ΣⅣ 7

魔術師達には軽んじられていた女王陛下の「告白」であったが、変化は見る間に起こった。

それまで「魔術を扱う者達」にだけ知られていた、ラックウェラー財団の代表者が、自らの財団の存在を公にし、公式の場でアートン首相と握手を交わした。

以前毒を盛られてから内臓を患い、杖が無ければ歩けなくなっていたアートン首相が、「私の命を救ってくれた者も、魔術の知識を持つ医師…つまり、ヒーラーです」と公開した。

世間では、それまで以上に「魔術」に対する一大ブームが起こった。企業はその前兆に素早く目をつけ、国外に逃げていた魔術師達に「帰国」のキャンペーンを打ち出した。

実際に効力があるかないかは別として、手軽に持ち運べるアクセサリーや小物の形をしたアミュレットが飛ぶように売れ、魔法陣を模ったモチーフの商品が氾濫した。

デザインを現代風にアレンジした彩も華やかなローブを着る女性が増え、香草や薬草の知識を記した書物が書店に並んだ。


お祭り騒ぎのように沸き立つ「魔術」ブームで手を焼いたのが、実際に魔術を教えている側だ。

食堂に立ち寄るかのように、ウィンダーグ家のアンティーク用の物置を出入りしているリッドは、

「素養も能力もないのに、アミュレット技師になりたがる人間が増えて困ってるとさ」と、アリア・フェレオから聞いたらしい言葉を、我が主達に言いふらす。

そんな世間を横目に見て、シェディ・ウィンダーグは大学の単位を取る傍ら、日夜「リオナ」の絵を描き続けていた。

リオナの相棒である、精霊「エリック」の姿を、雨の筋や空気の歪みで表現し、時には青白い淡い光を纏う形の朧な霊体として描いていた。

常に「ある魔女の物語」の最新号を買って来て、新しい創作の案を練った。

だが、最初に心を惹かれた「ゴーストタウンのキャロル」を読み返したとき、シェディの頭にリオナの横顔が浮かんだ。

荒れ野の中、遠く、閉ざされた町の無数の明かりを目に映しながら、うっすらと涙を浮かべているリオナ。栗色の髪が風になびき、息が苦しいのか、わずかに唇を開けている。

文章の中にそんな表現はないのだが、シェディはそのイメージが消えないうちに、スケッチを取った。


シェディは、翌日、自らアリア・フェレオ宅に電話をかけた。

声を魔力で封印しながら、「こんにちは。アリアさん。シェディ・ウィンダーグです」と伝える。

アリアは、察しも良く、「こんにちは、シェディ君。レミーに用事?」と聞いてきた。

「はい。その…なんて言うか、また、モデルになってもらえないかと思って」と、片言にシェディは伝える。

「レミリアも、すっかり年頃だから、前とはだいぶ顔つきも違うと思うけど、それで良いなら本人に代わるわ」と、アリアは「年頃の娘」を持つ身として、何処かで一線を引いている。

「構いません。レミーは、僕の理想のモデルなんですから」シェディは自信をもって答えた。


ウィンダーグ家で、16歳になったレミリアと対面し、シェディはより一層創作意欲がわいてきたようだ。恐らく、自分の理想とする「アメジスト色の眼をした大人の女性」に近づいてきたからだろう。

シェディの部屋の片隅に片づけられていた、「リオナ」を描いた大量のキャンバスを見せてもらいながら、「すっごく美人。これ、本当に私がモデル?」と、レミリアは従兄に聞いた。

「そうだよ。今は、もっと理想に近い」シェディは言う。「大人になったのに、2年前と、おんなじ目をしたままだ」

「えー? 私だって、ちょっとは成長したんだよ? 14歳の女の子じゃありませんけど?」と、レミリアは冷やかすように言う。

「それは分かってるって。ちょっと、横向いて」と、シェディ。

早々に「観察」したいんだな、と分かったレミリアは、何気ない風にふいっと横を向いた。

「もう少し上。遠くを見るような感じで」シェディはそう言いながら、モデルをじっくり見つめる。「うん。成長期だから、少し痩せ気味だね」

「理想通りに太れなんて言わないでね」と、レミリアは意地悪気に言う。

「肉なんて、描きこめばいくらでもつけれるよ」と、シェディは言いながら、引き締まったレミリアの首筋を観た。「うん。やっぱり理想通り。骨と筋肉がちゃんと成長してる」

「変なの。シェディって、絵描きって言うより、お医者さんみたい」

「変じゃないよ。大昔の画家は、解剖や発明までしてたんだよ?」

「はいはい。私の皮膚を削ぎたいなんて言い出さないでよ?」と冗談を言って、レミリアはシェディのほうを向いた。「それで、今回はどんな絵にするの?」


衣装に着替えてレミリアが待っていると、シェディがやけに大きなキャンバスを持ってきた。

「随分大きな絵を描くんだね」と、レミリアはキャンバスを見上げる。

「うん。背景も大きいし、細密描写が必要な絵だからね。それに、春のコンクールを狙ってるんだ」シェディは部屋の傍らにキャンバスを置く。「まず、いつも通りに、写真とデッサンとらせて」

「OK。ポーズは?」

「この標本箱を片手に持って、床に膝をついて。そう。それで、窓のほうを見て。横顔がはっきり見えるように。そう。良い感じ」

モデルに指示を出しながら、シェディは使い慣れたポラロイドで数枚の写真を撮った。


新たな創作に打ち込んでいる若者達の下に、数年前に屋敷を卒業した小間使い、ボブ・アンデルから小包が届いた。

「エバーグリーン出版社…って、何処だろ?」と、シェディ。

「私知ってる。ベルクチュアの、絵本の出版社」と、レミリア。

「もしかして、もしかして?」と言って、シェディは包み紙を引き千切った。中から出てきたのは、ハードカバーに包まれた絵本だった。作者の名前は、「ボブ・アンデル」。

「アンデルさんって…あの、小間使いの?」レミリアも目を輝かせる。

シェディがパラパラとページをめくると、ボブの人柄を表すように、温かみのある素朴な絵が並び、文章は何処かファンタジック。

「すごい! 本当に、本物の絵本作家になったんだ!」シェディは思わず叫び、レミリアと両手でハイタッチをした。

「すごいすごい! でも、でも、ちょっと、ちょっと、落ち着こう。ゆっくり読んでみよう」とレミリアが言って、2人は絵本を何度もめくる間に休憩を取った。