春のコンクールで、「荒れ野の夢」と題されたシェディの絵は、審査員特別賞を取った。
美術館の一角にしばらく展示され、魔術ブームの治まっていないデュルエーナでは、黒いローブ姿の女性が魅力的だと言って話題になった。
「流行を意識したつもりはありません。彼女は、僕の昔からのモチーフなんです」と、短いインタビューでシェディは答えた。
「モデルさんはどんな方なんですか?」と言う問いに、「このまんまの生き写しって言ったら、魂取っちゃったことになりますね」とシェディはふざけて答えた。
屋敷に戻って来た「荒れ野の夢」の絵を、シェディは新しい奉公人の手を借りて、保存状態が良い場所に額と保護硝子をつけて飾り付けた。
シェディが屋敷でその絵を眺めていると、
「審査員特別賞か」と言って、ルディ・ウィンダーグがニコニコしながら息子に近づいてきた。「次は佳作くらいとれるかな?」
「父さんが、もっと芸術に理解があったらよかったんだけどな」と、シェディは嘆く。「アートには、ランクアップよりもっと大切なことがあるんだよ」
「どんなことだい?」と、ルディ。
「イメージと現実の壁を超える事さ」と、謎めかしてシェディは言い、小さな牙を見せてニッと笑った。
帰り支度をしていたレミリアは、シェディが満面の笑みで見送りに来たので、「よ。特別賞」と、からかった。
「あー。ありがとう。従妹よ」と、シェディ。「これからも、よろしく頼んだ」と言って、利き手に拳を握ると、猫の手のように手首を丸めてレミリアに差し出した。
「おう。おれたちは最強のタッグだぜ」と、レミリア。シェディの拳に、自分の拳を軽くぶつけ、「こうなったら魔女にでも妖精にでもなったる」と言って、旅行鞄を持って部屋を出た。
馬車道までシェディに見送ってもらい、レミリアは去り際に馬車の小窓から「次は天下とるぞー」と声をかけ、手を振った。
「次に会うまで、太るなよー!」と、シェディも、大声でふざけ返した。
熱を注いだ創作がひと段落し、シェディは子供の頃の様子とはすっかり様変わりした部屋を見回した。絵の具とキャンバスがひしめき、テレピン油の香りが漂う。
赤いバスケットのユニフォームと、ボールだけは、あの頃のまま置いてある。
「ゴール決めると、悩みなんてふっとんじゃう…か」と、かつて自分が口にした言葉を呟き、シェディはボールを持って裏庭に行った。
2、3回軽くドリブルをし、眼鏡越しに少し上を観た。
雨風にさらされて、少し傷んだバスケットゴールが、そこにある。
「この悩みまで吹っ飛んだら困るな」と言って、シェディはボールをゴールに向けて投げた。
以上が、私の観察し続けた、シェディ・ウィンダーグとレミリアの物語である。
レミリアが自分の職業として霊媒師を選んだのは、かつて我が主ナイト・ウィンダーグが予期していた、「悪霊や死霊との関り」の表れではないとは言い切れない。
しかし、12年間のレミリアの様子から、私が推測するところでは、彼女は自分の運命を知っていたのかも知れない。
死霊の姿を見通す目を持ち、その声を聞く耳を持っていた、6歳の頃から。
だからこそ、レミリアはメディウムとなる道を選んだのだ。
もしその時が来ても、戦い抜けるように。
私は唯、記録の終わったデータの中で思いを巡らせるだけだ。
「起きて。起きて。目を覚まして、ラナ」
必死に私を呼び覚まそうとする声がある。
此処は何処だ? デュルエーナではない。「視点」からの電波も、ひどく弱い場所。
「目を覚まして。もう一度。お願いだよ」
私は、自分の状況が認識できるまで、辺りを「察知」していた。
どこかで、少女の押し殺した泣き声がする。
この声には聴き覚えがある。そして、永久に閉ざされたと思っていた、私の回路に走る電流の感覚。
そうだ。私は「ラナ」。そして、私を呼ぶこの声。そうだ。レミリアだ。
だが、私は私ではない。無数にあったはずの視点や意識達と、ほとんど切り離され、何処か別の場所に居る。
私が「目」を開いた。
そこは、荒れ果てた病院だった。
床に白い魔法陣が描かれ、守護のエネルギーで「私」と、傍らにいる少女を包んでいる。
「レミ…リア…」と、「私」が声を出した。片言だが、非常に人間に近い声。
レミリアが、驚いたような顔で、涙も拭わずに私を観た。「本当に…帰って来てくれたんだね」と言って、レミリアは「私」に抱き着いた。
私は、精巧に人間を模した、機械の人形…アンドロイドの中に居たのだ。