トリルの日記 Ⅰ 序章

昼間でも直射日光の射さない、薄暗い森。小鳥のさえずりと小川の流れ、時々お父さんとお母さんが連れて行ってくれる月夜の湖畔。

岩屋の中には、外の世界が写る真っ赤な焚火。お母さんは毎日、岩屋の中で機を織る。お母さんが織った色取り取りの布は、色んな魔力を宿していて、毎週土曜日に町に売りに行く。

布を売りに行く役のお父さんは、昼間はずっと眠ってる。夕方から起きてきて、時々私やお母さんと一緒に夜の散歩に行く。

お父さんは、羽を隠せるベストやコートをいつも着てるけど、私やお母さんの前では、めったに羽を隠さない。真っ黒な、蝙蝠みたいな皮膜の羽は、とっても綺麗だ。

お父さんがお茶以外の物を口にしてるところは、一切見たことが無い。お父さんは闇の血を継いでるから、きっと人間が食べる食事は体に合わないんだ。

夏至と冬至には湖の縁を鬼火が舞い、近くに住んでいる魔術師や闇の者達が、集まって祭を行なう。

森の拓けた場所に魔力を宿した炎を焚いて、夫々が日頃磨いている魔術を、好き勝手に発表し合うんだ。

この祭りの日のために、毎日技術を磨いている魔術師や、闇の者達も居る。

誰かが笛を吹けば、誰かが舞を舞う。誰かが歌えば、誰かがビオラを奏で始める。誰かが祭の炎でお菓子を焼き始めれば、みんなは寄ってたかってつまみ食いをする。

みんなで持ち寄ったお酒はお水みたいにどんどんなくなって、酔っ払った魔術師達は、小鬼や鬼火と手をつないで、ロンドを踊る。

一部では妖精と呼ばれてるけど、鬼火達が集まってケラケラ笑ってたって、誰も気にしない。祭りの日に浮かれないで、いつ浮かれてろって言うんだって言って。

鬼火の笑い声には魔力がある。浮かれているものは、もっと浮かれるし、悲しいものは、もっと悲しくなる。

浮かれているものは、湖に飛び込み、すいすいと泳ぎ始めたり、互いに背中を叩き合いながら、昔、魔術で誰かを一泡吹かせた時の自慢話を始める。

悲しがっているものは、何故自分が涙するのかを理由を、詩のように切々と並べ、なお深い悲しみの中で、酒の杯を仰ぐ。

もちろん、自分勝手をしている者ばかりじゃない。自慢話を聞いて、感心してる者も居れば、嘆き悲しんでいるものをなだめている者もいる。

何処でだって、「コミュニケーション」って言うのは大事なんだって、お母さんが言ってた。

お父さんは、どっちかと言うと浮かれてるタイプだったけど、鬼火の笑い声には影響されないみたい。お父さんが言うには、「大抵の物では酔っ払わないくらい生きてるからな」だって。

私は、服を着たまま湖で泳いでる人達みたいに浮かれてみたかったけど、お母さんが祭の度に「おめかしよ」と言って、反魔術のかかったペンダントを付けさせてくれていた。

夜の世界で浮かれて良いのは、良識をわきまえている大人の魔術師や、種族の掟を守る闇の者達だけなんだって。

私の住んでいた山には、子供は私と、生まれたばかりのオークの赤ちゃんだけだったから、私は鋭い牙の生えた赤ちゃんに指を齧られないようにしながら、大人達の大騒ぎの中で子守ばっかりしてた。

そんな風に、魔術のある世界は、私の「当たり前」だった。

でも、お母さんには、小さな頃から注意されてた。外の世界は、魔術や魔力や魔物を好まない者も存在するのだと。


小さな頃を思い出すと、決まって思い浮かぶのは祭の日だ。いつもあの深い山の中の森を思って、心がドキドキする。

私は、魔力の宿った文字を書くしか取り柄が無いけど、きっと素敵な花文字で彩られた作品を持って、あの森の祭に参加する日が来るかもしれない。

祭を盛り上げるなら、どんな魔力を宿したものが良いだろう。

鬼火達が嫉妬するくらい綺麗な虹色の炎を灯す、ランタンだろうか。開けた途端、音楽と一緒に「くすぐりの魔法」を発生させるオルゴールだろうか。

今、私はその山と森をトンネルを通る列車で通り抜けて、西の国に行こうとしている。

西の国のさらに西にある、海と言うものを調べに行くのだ。

写真で見ただけだと、ベージュの砂で覆われた「浜」と言うものと、そこに打ち寄せている真っ青な水の様子しか分からなかった。

初めての「外国旅行」だけど、この先、何が待ってるんだろう。

お父さんとお母さんは、独り立ちをする私に、とっても素敵な相棒を用意してくれていた。

ずいぶん気の付く相棒で、やっぱりちょっと変わってる。

その相棒は、今、私が窓辺に置いた小さなランプの中で、お茶を飲んで休憩中だ。

さっき、国境を越えたから、もうすぐトンネルも終わりのはずだ。

異国の言葉で歌う、風の精霊達の歌声が聞こえてくる。

さぁ、相棒に「もうすぐ列車を降りる」って合図しなくちゃ。