文字を書く練習を始めてから、1年が経ちました。私も、だいぶ上手に文字が書けるようになったよ。
おかあさんは、古代語の綴られた本と、それを読み解くための本を持ってきて、「魔力を込めて文字を書く練習をしなさい」と私に言いました。
私は、おかあさんから古代語を習いながら、文字に「言霊」を込める方法を習ってたんです。
どうやら、おかあさんは私に「アミュレット技師」になってほしいみたい。いずれ自分の身を自分で守るようになった時、必要だからって。
アミュレットって言っても、身を守るだけじゃなく、色々応用があるんです。
「破邪」や「浄化」ためのスペルや紋章を刻めば、悪質な意思を持つ者を撃退できるし、「攪乱」の力を込めれば、察知や監視の魔術を避けることが出来ます。
一度、ふざけて、食器類に「歩行」の魔術のスペルを描いたら、岩屋の中をガチャガチャ言いながら食器達が歩いて、観てる分には面白かったけど、その後、しっかり怒られちゃった。
「言霊の魔術は、冗談で使うものじゃないの。スペル一つ間違えただけで、恐ろしいことになるんだから」と言いながら、おかあさんは私が食器に描いたスペルのインクを魔法薬で洗い流してました。
久しぶりに、お父さんと町に行きました。布を売ったお金で、お母さんと私の分の食料と、お薬を買いました。
私は、通りかかった文房具屋さんのショーウィンドウに飾られた、七色のインクと色んなペンを見ていました。
「なんだトリル。それ、欲しいのか?」と、おとうさんは聞いてきました。私は、気後れしながら頷きました。
おとうさんは、文房具屋さんのショーウィンドウを見て、「優しいカリグラフィー。初心者から始められるツールキット」と、売り文句の札を読み上げました。
おとうさんは、財布の中身を見て、「インク3瓶と専用のペン一本なら買えるな…」と呟きました。
マゼンダとシアンとイエローのインクと、カリグラフィー専門のペンを買ってもらって、私はワクワクしながら家に帰りました。
そしたら、おかあさんが、普通のインクを見て、渋い顔をして言いました。「普通のインクに魔力を込めておくのは、すごく難しいのよ?」って。
でも、私は透き通ったピンクや水色や黄色のインクを見て、これでどんな色の文字を描こうかと期待を膨らませていました。
おかあさんの言ったとおり、普通のインクに魔力を込めておくのは、すごく大変でした。
インクが染みこまない物体には文字が書けないし、護符がようやく出来上がったと思っても、水でぬれるとあっと言う間に術が解除されてしまいます。
そこで、私はおかあさんが用意してくれた、色々な物質の混ざっているインクの基礎に、普通のインクを混ぜて使う方法を考えつきました。
それなら、普通の紙じゃなくても、色んな物に文字を書けると思ったんです。
だけど、普通のカリグラフィーみたいに、綺麗に色をグラデーションにした文字を書いたりするのには、魔法薬のインクは合わないみたい。
別々の色にしただけで、魔法薬のインクとしては、全く違うものに成っちゃうんだって。
グラデーションを作りたかったら、それまで以上に魔力を込めて、別々の力を融合させる能力を手に入れなきゃならないんです。
こうして、普通に黒いインクで日記を書いているだけなら気楽なんだけど、これから文字を書く魔術を「お仕事」にするためには、私はまだまだ力不足みたい。
私が10歳になったって、お母さんが今日教えてくれました。この頃、私は文字を書くのにめっきり夢中で、夜の散歩にも行かなくなっていました。
お父さんも、そんなに無理強いすることは無くて、私の誕生日プレゼントに、カリグラフィーのお手本の本を買って来てくれました。
私が文字を書く魔術にだけ専念できるのは、お父さんが私やお母さんの代わりに家事をしてくれるからです。
お父さんは、自分では食べないけど、料理がとても上手で、私達がお父さんの料理を美味しい美味しいと食べた後は、お皿洗いまでしてくれます。
お父さんは「生活魔法」は使いません。どうやら、お父さんの持ってる魔力は、普通の魔法使いの使う術には合わないみたい。
私は、背が伸びるのが早くて、最近はお母さんとほとんど同じ背丈になりました。だっこも、自然と頼まなくなりました。
「お父さんがおまじないの握手をしてくれるのはいつ?」と聞くと、お父さんは「一度、トリルが普通に大人になってからだな」と言いました。
私も、大人になるとどうなるかは、お母さんを見ていたのでよく分かります。
背が高くなって、胸が出っ張ってきて、お尻が大きくなるんです。
お母さんに、どうしてそんな変化が起きるのかを聞いてみたのですが、「大人になる上では仕方ないことなの」と言われてしまいました。
私がグラデーションの文字を書く練習をしていると、お父さんが良いアイデアをくれました。「別々の文字を書くんじゃなくて、何度も同じ文字を書いてみな。魔力がこもってりゃ、一文字だって良い」
「わかった」と答えて、私は自分の名前の頭文字、「トリル」の「T」の字を、何度も何度も書く練習をしました。
まずは一色のインクで、何度も何度も、ペンの角度や力の入れ具合なんかを調節しながら、「T」の文字を書き続けると、書き疲れて顔を上げた時、その時書いていた「T」の文字から火柱が上がりました。
「T」の文字の形に紙が焼け焦げていて、まるでその形に焼き切ったみたいになりました。
お父さんには、「すげー。さすが俺の娘だ」と言って笑われてしまいました。
お母さんには、「トリル。強い魔力を込めるのは良いけど、ちゃんと文字の中に封印しなきゃダメでしょ?」と注意されてしまいました。
お父さんのご機嫌にも、お母さんのご機嫌にもかなうようにするには、早く魔力を扱う方法が上達しなきゃならなくちゃ。
