トリルの日記 Ⅰ 3

まず、ルルゴが始めたのは、部屋の模様替えの提案だった。

「幸い、お母様から『封じ』の魔術のかかった布はたくさんいただいています」と言って、ルルゴがパンパンと手を鳴らすと、ルルゴの入っていた衣装ダンスから大量のカーテン布が飛び出してきた。

「寸法は、全部この部屋に合わせてあるそうですが…。ふむ。これは天井からつるすタイプですね。蚊帳の代わりかな?」

ルルゴは、夫々の布の大きさを見て、全部の布のの位置を、布達に指示し始めた。

布達は、夫々が言われた場所に張り付いたりぶら下がったりして、唯の真っ白だった部屋を薄紫色に彩った。

「どうです?」と、期待を込めてルルゴが聞いてくる。

「うん。すごいね」と私は答えた。

その途端、ルルゴは肩を落とした。「魔術を使う者に、布の行進は普通でしたか…」

ルルゴは、一体私にどんなリアクションを求めてるんだろう。


次にルルゴが始めたのは、妖精を部屋に飼う提案。

「お仕事に集中するには、サポートするものが多くないと」と言って、ルルゴは自分の持っていたジッポーライターの火花を2、3回点滅させた。

すると、その火花は小さな灯りを纏いながら、部屋に散らばった。

「では、アリア様。妖精に、何か申し付けてみて下さい」と、やっぱり期待顔でルルゴは言う。

「えーと。私の荷物から、楔形文字の解読書を取り出して」

私がそう言うと、まだ優劣の決まっていない妖精達は、一斉に旅行鞄に群がって、取り合いをしながら解読書を…互いに引きちぎろうとし始めた。

「こら。こら。お前達。それは、ご主人様の大事な資料だぞ!」

そう言って、ルルゴは妖精達から本を奪い取り、私に手渡してきた。

「躾のなって居ないもの達で申し訳ありません」

「仕方ないよ。鬼火も役割が決まってないと、ちゃんと働かないってお母さんが…」と、私はここまで言って本を受け取ろうとして、はっとした。

ルルゴが、泣き出しそうな表情をしながら、私を見ていたからだ。

「ごめんなさい。別に、鬼火が…その…珍しくないわけじゃないのよ?」と言ったのだけど、ルルゴは、「いいえ、慰めなど要りません」と言って、胸ポケットから取り出したハンカチで目をぬぐった。

「私は覚悟を決めました。あなたのお父様は、私があなたにふさわしい執事であるかどうかをお試しなのでしょう。私は、全力を込めて、あなたに驚いていただきます」

なんだかよく分からないけど、ルルゴは変な決心を固めちゃったみたい。


しばらくの間は、ルルゴも大人しく執事らしい仕事をしてくれた。

外から食材を買い付けてきて、鬼火達に調理をさせて、私に毎食美味しい食事を振舞ってくれるんだけど、ウサギのルルゴが後足で立って歩いて買い物をしてるのを見て、周りの人は変に思わないのかな?

その事をルルゴに聞いてみたら、「心配は無用でございます」と言って、内ポケットから金色の懐中時計を取り出した。

時計の針が止まったままの懐中時計を、ルルゴが3分だけ前に戻し、なにやら合図らしい言葉を呟いた。

その途端、ルルゴの姿が絞ったタオルみたいに急速に捩じれて、ひょろんと背が伸び、元の毛の色と同じ赤茶色の髪の人間の男の人になった。着ている服も、ちゃんと丈が合う様に変化している。

「外では、このように『変化』しておりますので」人間に化けたルルゴは言う。「今は、3分間の設定にしたので、すぐに変化は解けますが…。最大、5時間までの変化が可能でございます」

そう言った通りに、ルルゴの姿は伸びたゴムを戻すように、すぐにウサギに戻った。

「どうして5時間までなの?」と、私が聞くと、もう肩を落とすのも慣れたと言う風に、ルルゴは「この時計が、5時間以上は空回りして巻き戻らないからです」と答えた。

私は、ルルゴの残念そうな顔を見て、「驚かなきゃならないところだったんだな」と気づいた。


私は、しばらくの間、古典的な方法で仕事を探していた。いくつか護符やお守りを作った後、「伝令」の魔術で、毎日15回、アミュレットの宣伝をしていたの。

だけど、新参者のアミュレット技師の能力を買ってくれる人なんて、いなかった。それはそうだ。だって、「伝令」の魔術を解読できる人は、ほとんどが魔術を体得してる人なんだもん。

だから、私はお母さんがしていたように、町のお店で、私のアミュレットを置いてくれるところは無いか探しに行くことにした。

留守番をしててって言ったんだけど、ルルゴは半ば強引に着いてきた。「お出かけ先で、何かあったら大変ですから」と言って。

人間に化けたルルゴは率先して私のアミュレットを売り込みに、色んなお店に入って行った。

家具屋さん、服屋さん、小物屋さん、雑貨屋さん。鮮魚を捌いている魚屋さんに入って行こうとした時は、さすがに止めた。

火事除けや、魔除けの護符やお守りが、数点売れた。

「ちょっとはお金になったね」と、帰り道で私が言うと、「何事も、積み重ねでございます」と人間の姿のルルゴは述べた。

私は、ウサギの姿のルルゴのほうが気軽におしゃべりできるんだけど、人間の姿のルルゴと何を話そうと思って、しばらく考え込んでいた。

「お店の人は、どんなアミュレットがほしいとか言ってなかった?」と聞くと、ルルゴは既に調べてあると言いたげに、手帳をめくり、読み上げた。

「商売繁盛、家内安全が一般です。変わりどころですと、若返りのアミュレットを所望の方もいらっしゃいました」

「若返り…。出来ないことはないけど、誰を若返らせるの?」と私が聞くと、「犬だそうです。ペットショップで、歳を取りすぎた犬を若返らせてまた売り物にするのだとか」とルルゴは答えた。

「世の中って複雑ね」私がため息をついてぼやくように言うと、「全く持ってその通りでございます」とルルゴは同意してくれた。