起きて、ご飯を食べて、お茶を飲んで、少しだけ文字の練習をして、お昼ご飯を食べて、近所をフラフラ散歩してきて、夕ご飯を食べて、お風呂に入って眠る。
この繰り返しをしばらく続けてみた。
その間も、仕事の注文は来てたんだけど、ルルゴがうまく誤魔化してくれた。
「ただ今、ミス・フェレオは多忙中につき、予約は半年待ちです」って。
こう言われると、お客さんのほうは、「それだけの人気のある技師なのか」って思うみたいで、ちゃんと予約を入れて待っててくれた。
初めて食事を拒否した記念日から半年後、私は本格的に仕事を始めた。
だけど、その頃には、ルルゴのほうがちゃんと心得てて、私に毎日5件の仕事しかさせなかった。
私も、5件だけ済ませれば一日の仕事は終わりって決めたので、その分、1つ1つのアミュレットを丁寧に作るようになり、能力の精度は上がって行った。
私のアミュレットの評判が、段々上がっているってルルゴが教えてくれた。重い病を治すほどの力はないけど、私のアミュレットを持ってると、不思議と「生きよう」って言う気分になるんだって。
それは、アミュレットに託した思いが、増幅されて持ち主に返って行ってるだけなんだけど、その仕組みを知らない人達にとっては、まるで奇跡みたいに感じるんだろう。
「ルルゴ。あなたにプレゼント」と言って、私はウサギ用ペレットじゃなくて、自分の作ったアミュレットを渡した。
銀細工のピンバッジに、小さく「ルルゴ」って名前を彫ったもの。文字を彫るときに、何ヶ月もかけて少しずつ力を込めて、「治癒」「守護」「退魔」「浄化」の力を宿したの。
道具に左右されるとは言え、ルルゴも魔術を使う者なので、私の込めた力の強さが分かったらしい。
「このような、大変な…大変な作品を私にいただけるのですか」と、まるで大作家さんから原稿を賜った駆け出しの編集者みたいな反応をしていた。
「今、私が無事でいられるのも、ルルゴのおかげだもん」と言うと、「それが、わたくしの仕事でござますから」とルルゴは言う。
「じゃぁ、これからもしっかり仕事が出来るように、ちゃんと身に着けておいてね」と言って私が笑うと、ルルゴは目に涙をためて、「アリア様の笑顔を見るのは、実に8ヶ月ぶりでございます」と言った。
そんな期間を数えてなくても良いのに、と思ったけど、そんなに私笑ってなかったんだって実感して、それから、一日一回、鏡の前で笑顔の練習をするようになった。
仕事を再開してからも、度々、ヒーラーのおばあさんが来てくれた。
助言を聞きながら、色々工夫してみたけど、やっぱり、私も執事やヒーラーだけじゃなくて、普通の話し相手が必要なんじゃないかってことになって、私は普通の話が出来る「誰か」を探すことにした。
私みたいに、魔力や霊力を使う世界に生きてるのが当たり前で、ちょっと普通と違う話題にも付いてこれる誰か。
私は、お父さんがくれた「お父さんの親戚が住んでる館」のメモを取り出してみた。
「ディーノドリン市、パルムロン街…」と読み上げていくと、細かい番地は書いてなくて、唯「ウィンダーグ家」とだけ綴られていた。
お父さんの親戚なのに、エンペストリー家の者じゃないんだ、と思ってちょっと意外だった。
細かい番地は書いてなかったけど、電話番号が書いてあったので、小銭をたくさん用意してから、思い切って公衆電話で電話をかけてみた。
「はい? こちら、ウィンダーグ家ですが?」と、中年女性の声がする。たぶん女中さんだろう。
「あの…私、リッド・エンペストリーの娘です。ご当主様は、御在宅でしょうか」と聞くと、「少々お待ち下さい」という声がして、内線の音楽が聞こえてきた。
しばらくしてから、「もしもし?」と、若々しい男性の声がした。「伯父の娘さんだとか?」
どうやら、当主様に取り次いでもらえたらしい。
「はい。えっと…父と姓は違うんですけど、私、アリアと申します。アリア・フェレオです」
「なるほど。お母様の姓を継いだわけですね」と、言ってから、「私は、ナイト・ウィンダーグ。それで、ご用件は? ミス・フェレオ」と電話の相手は気軽に聞いてきた。
「困ったときは、あなたの所に連絡しろと、父に言われたんです」と、私は言った。「細かい事は、電話じゃ言いにくいので…その…近いうちに、お屋敷にうかがってもよろしいでしょうか?」
ウィンダーグ氏は、快くその申し出を引き受けてくれた。そして、「パルムロン街のタクシーか馬車で、『ウィンダーグ家前まで』と言えば、我家に着きますよ」と教えてくれた。
夏が過ぎて、少し空気も涼しくなってきた頃。私はルルゴを連れて、シャーロン市から列車に乗って1時間かかる、ディーノドリン市に行ってみた。
移動の時間には、どうあっても5時間しか使えない。ルルゴが変化していられる時間内が、私達の最大限の移動時間だ。
そのため、ルルゴは事前に最速で「ウィンダーグ家」に到着できる方法を考えていた。
列車の中で、私の横に立ったままのルルゴは言った。「列車を降りてから、パルムロン街に行くにはタクシーを使ったほうが良いですね。ですが、街に入ってからは馬車に乗り換えたほうがよさそうです」
人間の姿のルルゴは手帳を見ながら粛々と続ける。
「パルムロン街は、いくつか主要道路が通っておりますが、交通量からして、渋滞することが考えられます。馬車道のほうが交通の便としては充実しているのです」
「馬車って…シンデレラの乗ってたあれ?」と、私はだいぶ古い記憶を引っ張り出してきて言った。
「それも、確かに馬車でございますね。ですが、普通の馬車はカボチャではできておりません」と、ルルゴは真面目に言う。
「それは大体想像がつくけど」私はそう言って、外の景色を見ていた。
列車は田園風景の中を走り抜け、やがて屋並みの中に呑み込まれるように町の中に入った。
