ルルゴが計算した時間内に、私達はウィンダーグ家に着いた。中くらいの公園が3つ以上は収まる広い庭の向こうに、石造りの4~5階建ての建物が見える。
魔力の宿った銅像があったり、魔法植物が植えられていたりするワイルドフラワーガーデンを通り抜け、階段を上ると、古い大きな扉の前に出た。
緊張しながらインターフォンを押すと、細く屋敷の扉が開き、やけに顔色の悪い、執事らしき服装の人が顔を出した。
「どちら様でしょうか」と、陰気な声でその人は言う。
「アリア・フェレオです。以前、ご当主様にお電話させていただいた…」と私が言うと、「応接室へどうぞ」と言って、その人は私達を屋敷に招き入れてくれた。
初めて対面したナイト・ウィンダーグ氏は、とても気さくな人だった。話してるうちに分かったんだけど、ウィンダーグ氏はどうやら純粋な吸血鬼のようだ。
お父さんだって、種族は分からないけど闇の血を引いてる者だから、それは、吸血鬼が親戚だって不思議じゃないんだけど、今でも純潔の吸血鬼って生きてるんだなぁって思って、びっくりした。
ウィンダーグ氏は、ちょっと癖のある真っ黒な髪と、アッシュグリーンの透き通った瞳をしていて、見た目は30代前半くらい。だけど、本当は千二百年近く生きているんだと、こっそり教えてくれた。
お父さんも、全然外見が変わらない人だったけど、闇の血を引いた者って、歳をとるのが遅いんだ。
ウィンダーグ氏と話をしてたら、外から誰かがが来た気配がした。
「息子が帰ってきたようだ。良ければ挨拶させましょうか? ミス・フェレオ」と、ウィンダーグ氏が言ったので、私は「はい」と答えた。
ウィンダーグ氏とよく似てる、少しだけ痩せっぽっちなウィンダーグ氏より体つきがしっかりしたお兄さんが、応接室に入って来た。
私が椅子から立ち上がって、「はじめまして。アリア・フェレオです」と言うと、息子さんはちょっと驚いたような顔をしていた。
でも、ウィンダーグ氏が、「私の伯父の娘さんだ」と言うと、息子さんはようやく表情を緩めて、「はじめまして。ルディ・ウィンダーグです」と名乗った。
ルディさんは、昔は双子のお姉さんと一緒に国中を旅してたんだけど、ウィンダーグ家を継ぐことになって、勉強しなおすために大学に入ったんだって。
会社のコンサルタントをしながら学校に通って、卒業したら屋敷を継ぐんだそうだ。お母さんは人間で、なんでも元は、ラックウェラー財団の仲介で来たメイドだったらしい。
メイドから、ナイト・ウィンダーグ氏に見初められて、屋敷の奥様になったんだそうだ。
その話を聞いて、ようやく私は、山に籠って暮らしてるお父さんとお母さんが、どうしてこんなに行き届いた財団と「契約」できたのかの経緯が分かった。
「誰が来てるのかと思いましたよ。応接室の外に、立派なウサギの執事さんが居たから」と、笑ってルディさんは言った。
どうやら、話しているうちに、移動時間を含めて5時間が経過していたらしい。
「あれは、私の父母が、ラックウェラー財団から呼び寄せてくれた執事で、ルルゴと言います」
と、私は紹介したけど、確かに、ウサギに面倒を見てもらってるなんて、どんな人だろうって思われても仕方ないか。
お二人に、私がアミュレット技師として働いてることや、一度体を壊してから体調が思わしくないことなどを告げると、ウィンダーグ氏は「ルディ。お前はどう思う? 専門だろ?」と息子さんに尋ねた。
「仕事が生きがいに成ってた人が、仕事に没頭して体を壊してしまうのは、よくあることです」と、ルディさんは急に改まった口調で言い出した。
「仕事以外の息抜きを見つけると良いんじゃないでしょうか? 趣味を持つとか、鬼火に任せていることを自分で行なってみるとか。本を読むことから始めても良い。仕事のこと以外が書かれてる、ね」
ルディさんは、さらさらとメモを取りながらそう言って、私に自分が提案したことを箇条書きにしたメモを渡してくれた。
「ありがとうございます」と言って、私はメモを受け取った。
「魔術の話をするなら、娘が帰って来ていたらよかったんだが、こちらの方は、あいにく今も旅先ですよ」と、ウィンダーグ氏は困ったように笑いながら言った。
「姉は、今じゃ、知る人ぞ知る、放浪の名占い師ですから」と言って、ルディさんも子供みたいにクスクス笑ってた。
ウィンダーグ家を去る時、私はなんだか名残惜しくて、「また、お邪魔しても良いですか?」と聞いてしまった。
「息子の卒業が近いので、いつでも、と言うわけにはいかないが、代替わりをしたらお知らせします。引退した老人に付き合ってくれるなら、大歓迎ですよ?」
ウィンダーグ氏は、そう言って小じわも浮かんでない顔でにっこりとほほ笑むと、宵の近づいてきている庭を通って馬車道まで、私と、改めて「変化」したルルゴを見送ってくれた。
ルルゴが予約していた、パルムロン街の中にある宿に辿り着くと、私は清潔な香りのするベッドに身を投げて、なんだか満ち足りた気分でそのまま眠りそうになった。
「アリア様。今日のお夕食がまだですよ?」と言って、ウサギに戻ったルルゴは魔法瓶に入れたスムージーを勧めてきた。
「なんにも食べてないはずなのに、お腹いっぱいな気分よ」と私は言ったけど、
「それだけ満足できる時間が過ごせたと言う事でしょう。ですが、安眠のためにも夕食は必要です」と言って、ルルゴはストローをさした魔法瓶を私の目の前に持ってくる。
「わかりました。いただきます」と言って、私は魔法瓶を受け取り、新鮮な状態で保存されたスムージーを飲んだ。
心は満足していたけど、お腹は空っぽだったみたいで、そのスムージーは一際美味しく感じられた。
宿に一泊して、次の日はディーノドリン市をちょっと観光した。
ベールの泉と呼ばれる、赤ワインのような色のとても上質な軟水が湧く公園があると言うので、行ってみると、岩場から湧き出ている水を汲みに来ている人で溢れていた。
確かに、透き通った赤ワインみたいな色で、どんな味か飲んでみたかったけど、水汲みの順番を待ってるうちにルルゴの変化が解けそうだったので、別の観光地に行くことにした。
パルムロン街から2駅離れた、シルベットと言う街に行ってみた。大きな「ショッピングモール」と言うものがあるとルルゴが説明してくれた。
塔のように大きな建物の中に、キラキラした明かりが灯り、一階から見上げられる吹き抜けを見ると、どうやら最上階の手前まで、みっちりと最新式のお店が並んでいるみたいだ。
私はなんだか怖くなっちゃって、ルルゴに「一回りしたら帰ろう」って言った。だけど、途中でルルゴの変化が解けそうになって、ルルゴは慌ててショッピングモールのトイレに駆け込んでいた。
きっと、トイレの中で変化が解けたんだろう。再び金時計の竜頭を回し終えたルルゴが、また人間の姿で戻ってきた。
私達は、ただひたすらキラキラしている店をぐるぐると眺めて、最上階の展望台にあった、小さなカフェで休憩した。
ジェラートと言う、凍らせたクリームに果物のフレーバーを付けて甘く味付けしたお菓子を食べて舌が凍るような思いをしてから、温かい紅茶で口の中を正常に戻した。
一つ下の階に行ってみると、岩屋にあったのお母さんの本棚より、大量の本を扱っている本屋さんを見つけた。最初に通った時は、キラキラしか目に入らなくて気づかなかった。
その本屋で、風景の写真がたくさん載った本を買ってから、私達はシャーロン市に帰ることにした。
