Trill's diary Ⅱ 序章

私はそろそろ気づき始めている。お父さんが、私の本当のお父さん…つまり、血のつながった父親じゃないって。

私も、魔女として少しずつ力がついてきてるけど、その力には闇の者が持つはずの気配が一切ない。

自分の魔力だから気づかないのかと思ってた。だけど、執事のルルゴに聞いても、「アリア様の魔力は、純粋な人間の魔力でございます」って言う。

そうなってくると、お母さんとも血がつながってるかも怪しい。だって、お母さんの水色の瞳も、真っ白な髪も、私とは似てない。

時々大人になるって言っても、ある程度お母さんが歳をとると、お父さんがおまじないの握手をして「時間」を吸い取っちゃう。

私だって、「時々」しか大人で居ない人が、赤ちゃんを作ったりできないことくらいは分かる。

そうなると、私は、もらわれっ子って事なのか。

そう気づいたけど、お父さんもお母さんも私を本当に大事にしてくれていた。それは間違いない。

二人にそのことを問いただす気もないし、血のつながった親を探す気もない。

どう言う経緯で、お母さん達と私が出会ったのかは、少し気になったけど、「妖精の王様が下さったのよ」って言われても、そうなのかって納得できる。

実際、小鬼達がいたずらに連れて来た赤ん坊を育ててくれって、魔女や、人間に近い闇の者に、妖精の王様が子供を渡すことはよくあるんだもん。


偶然、王様の把握漏れで、鬼火に育てられた子供が居た。

私がその話を聞いたのは、8歳の頃。その頃、その子供は3歳くらいだった。

その子は、鬼火の言葉しか教えてもらえなかったから、人間の魔術師と話すときは「伝心」と「読心」の魔術で会話していた。

だけど、鬼火達や、精霊や闇の者とは、逆にスムーズに言葉で会話が出来るようだ。

私のお父さんと、その子が話していたとき、私の耳には二人の会話は小鳥のさえずりみたいな響きに聞こえた。

後でお父さんから話を聞いてみたところ、その鬼火に育てられた子供は、「世界」は何処まであるのかって言うことに興味があったんだって。

いつか、人間にも通じる言葉を習って、鬼火と人間の通訳になるのがその子の目標なのだそうだ。

私はその頃、古代語を習ってたから、お父さんに言われて、その鬼火の子の言葉を、古代語に訳する方法を教えてあげたものだ。

精霊や鬼火の使う言葉は、古代語のほうが適した表現が多い。何せ、ほとんどの精霊は、「大地と宙」が出来上がった時から、この星に居るんだから。

現代語で話している人間達の話を聞いていると、精霊や鬼火達は、若者言葉って言うので馬鹿にされた気分になるらしい。

だから、魔術師達は、言葉に精霊の魔力を込める時、主に古代語を使う。

古い言い回しが多くて、普通に人間と話すにはあまり適していない。そこで、私は古代語と一緒に、現代語をその子に教えてあげた。

その子が、初めて古代語から現代語に訳したのが、自分の名前だった。鬼火のつけた名前だから、厳密に言えば現代語では訳せない。たぶん、一番音が近くて、発音しやすい言葉を選んだんだ。

「テ、イ、ル」と、その子は自分を指さしてゆっくり言った。私は、古代語で「其方の名か?」つまり「あなたの名前?」って聞いた。

その子は、「そうだ」ってゆっくり発音しながら答えた。

私は、その子の名乗った名前のつづりを教えてあげた。空中に、指先から放った光の文字で「Tale」とつづった。

「あなたの名前の書き方。意味は、『物語』」と私が言うと、テイルは、「『トリル』はどう書くんだ?」って聞いてきた。

私が、同じように光の文字で「Trill」とつづると、テイルは「意味は?」と聞いてきた。「囀り」と、私は答えた。

一通り授業が終わると、私はテイルから「伝心術」と「読心術」を教えてもらった。

多産な闇の者や、双子や三つ子として生まれた魔術師、それかよっぽど鍛錬に励んだ者しか身に着けられない能力だけど、私はテイルと接しているときに、割と自然に、この術を覚えた。

テイルは親切で、心の読み方だけではなく、聞きたくないことを読まない方法も教えてくれた。

テイル自身も、「聞かない」方法を身に着けるまで、散々ひどい目に遭って来たんだって。

精神的に追い詰められて、鬼火達が守ってくれなかったら、発狂していたかもしれないって言ってた。


私は、最初はテイルのことを女の子だと思ってた。元々可愛らしい顔立ちで、髪が長かったから。

でも、私が山を下りる前に最後に参加した祭で会ったテイルを見て、テイルの体つきが骨ばって、顔つきも男の子に近くなってることに気づいた。

鬼火の間では、髪を切る習慣がないから、長い髪は荒縄で結ってたけど、「この子、男の子だったんだ」って気づいて、少し寂しくなっちゃった。

テイルは、理由までは分からなかったみたいだけど、自分が私を何かがっかりさせたんだってことが分かったみたいで、会うなり「ごめん」って言ってきた。

「良いのよ。私がちょっと勘違いしてただけだから」と答えると、テイルは不思議そうに顔を横に傾けていた。

私が、冬になる前に山を下りることを計画してるって話したら、テイルは身に着けていた大粒の水晶のペンダントをとって、私の手に握らせた。

その水晶からは、鬼火の魔力が込もった、不思議な力を感じた。

「人間の世界に行っても、決してこの森をのことを忘れないで」って、テイルが言葉に出して言った。

「忘れるはずないじゃない」って私は答えた。

水晶を手渡されるときに、手を握り合うような感じになってたから、通りかかった闇の血を引くおにいさん達に、「よぉ。若い連中が熱々じゃねーか」なんて冷やかされちゃった。