Trill's diary Ⅱ 2

巨大なお皿の上に、熱々に蒸しあがったばかりの、巨大な「ズワイガニ」と言うものが出てきた。

「カニの食べ方は知ってる?」と、料理を持って来てくれた次男坊さんが聞いてきた。

「味噌を食べたことはあるけど…なんでこれ、脚が割ってあるの?」と、私は聞いた。

「ズワイガニってのは、主に、脚の身を食べるもんなんだ。そのスティックで、割ってあるところから身をほじくり出して食べる」

そう言う次男坊さんの言葉を聞きながら、身をほじくり出してみた。食べるまでが大変だったけど、食べてみたら、普段食べてる海鮮なんて全然比べ物にならないくらい美味しかった。

「すごく美味しい」と私が言うと、「だろ?」と言って、次男坊さんは得意そうににっこりと笑った。


私は、カニを食べながら、次男坊さんから「海」や「船乗り」のことを聞いた。次男坊さんも船乗りをやっていて、店の料理になる海の幸は、次男坊さんとそのお父さんが、毎朝の漁で仕入れて来たものだと言う。

「ピュアマリンの浜は観た? じゃぁ、他の観光スポットを教えてあげるよ」と次男坊さんが言ったのを聞いて、「若い女の子を破滅させるんじゃないよ」と女将さんが何故か怒っていた。


次男坊さんの名前は、ティニー。年齢は27歳。アリシアさんって言う秘密の恋人がいて、毎週土曜日に、お互いの両親の目を盗んでこっそり会ってるんだって。

「今はとにかく稼ぐ時さ。おふくろ達に、結婚を勧められる間に、駆け落ちしようと思っててね」

そう言って、ティニーさんが連れて行ってくれたのは、地元の人しか知らないと言う小さな浜辺だった。ピュアマリンの浜辺より、砂が白くて、海の水の色は青く透き通っている。

「海って色んな色があるのね」と、私は言った。「君、船乗りの素質があるよ」と、ティニーさんは言う。「船乗りには、海が何色かを見分ける目が必要だからね」

「せっかくだけど、私はアミュレット技師だから…」と言うと、ティニーさんが、「へー。それじゃ、僕とアリシアの今後が上手く行くように、お守りを作ってくれないか?」と冗談めかせて言ってきた。

「良いわよ。ただし、料金はちゃんともらいますからね?」と私がにっこり笑って言うと、「OK。じゃぁ、夕飯奢るから、何割かまけてくれない?」とティニーさんは返してきた。

私は笑顔で快諾した。

ティニーさんは、夕食をごちそうしてくれて、海沿いにある安全な宿を私に紹介してから、「明日、お守りを受け取りに来るよ」と言って、帰って行った。

私は宿の部屋の壁に「守護」の護符を貼ると、近くのファンシーショップで買った、貝殻の形のペンダントをアミュレットに仕上げる作業に取り掛かった。

表の綺麗なガラスの模様を消さないよう、裏面の銀色の部分に、まずは針でティニーさんの名前をとアリシアさんの名前を刻み込んだ。

そして、二人の駆け落ちと、結婚生活が上手く行くように、色々考えながら複数の魔力を込めて、仕上げに魔法薬の文字を針で刻んだ凹みに浸透させ、アミュレットを完成させた。

青いガラスのほうは、ティニーさん用。緑のガラスのほうは、アリシアさん用だ。

お守りも無事出来たことだし、今日はさっさと眠ろう。


強い風が窓を叩く音を聞いて、私は目を覚ました。

起き上がって窓の外見ると、昨日まで真っ青だった海が、灰色になり、宿の部屋から見ても、波が荒れ狂っているのが分かった。

「随分荒れているようですね」と、いつの間にかランプから抜け出て窓に上っていたルルゴが言った。「先日の紳士が、大変なことになって無ければ良いですが」

「ルルゴ。すぐランプに隠れて。ティニーさんの家に行こう」と言って、私は宿を早々に後にし、荷物とランプを持って、雨粒のうちつける港町を、昨日の料亭まで走り抜けた。

料亭は、「準備中」の看板が出てたけど、私は大急ぎで出入り口の扉をノックした。

「開けて下さい! お願いします!」と、何度も声をかけると、店の奥から誰かが出てくる気配がした。

ティニーさんのお母さん…つまり、女将さんが店の入口を開けてくれた。「あら。昨日来た娘さんじゃないの。こんなにずぶ濡れになって…どうしたんだい?」

「ティニーさんは、漁から帰っていますか?」と聞くと、女将さんは顔を曇らせて、「まだ帰っていないよ。海がしけてるだろうから、こんな日は帰りが遅くなるんだ」と答えてくれた。

「そうですか…。私、海の方、見て来ます」と言って、私は止めようとした女将さんの手が私の腕に届かないうちに、雨の中を波止場のほうに向かった。

嫌な予感がしたんだ。その予感は、ルルゴに持たせていたピンバッジのアミュレットにも、現れていた。

「アリア様。私のアミュレットが、青白く光を放っております」と、ランプの中からルルゴが言う。

「青…。退魔の力を発揮してるんだわ」と私は答えて、ティニーさんとアリシアさんのアミュレットをしまってあるポケットを、服の上から触ってみた。

普通の熱とは違う、魔力の発する熱が手に伝わってきた。

まだ本人達に手渡してさえいないアミュレットでさえ、いずれ主となる者を守ろうとしている。

きっと、ティニーさんに何かあったんだ。もしかしたら、アリシアさんにも。そう直感が働いた。

私は三角の強い波が打ち付ける波止場を遠くに見ながら、港から漁船の姿が見えないか目を凝らしていた。

悲鳴のような声で、風の精霊達が叫んでいる。「幼子よ。逃げなさい。これ以上は私達にも守れない」

その言葉を聞いて、私は風の精霊達が、誰かを助けたことを察した。

「あなた達の助けた者は何処に?」と、私は古代の言葉で精霊に呼びかけた。

「白い浜だ。白い砂の小さな浜」と、精霊は答えて、私を導くように風向きを変えた。

追い風に背中を押されるように、私は昨日ティニーさんが教えてくれた、小さな白い砂浜へ向かった。