Trill's diary Ⅱ 4

ティニーさん達が無事に列車に乗り込むのを確認してから、私達は場所を変えて「海」を調べることにした。

何せ、海獣親父の縄張り付近に居たら、私達にも危険が及ぶからだ。

北のほうに進む、「バス」と言う乗り物に乗ると、窓辺に一匹の鬼火がへばりついていた。

私は人間には聞こえない、魔力を持った言葉で、「あなた、そんなところで何してるの?」と、鬼火に声をかけた。

鬼火は、一瞬ゆらりと炎を波立たせると、尖った耳を持った、人差し指くらいの女の子の小人に変化した。「気づいてくれてありがとう。私、ずっとあなたのこと探してたんだ」

小人は、「私はエッジ」と名乗った。たぶん、私にも発音しやすい仮の名を教えてくれたんだ。鬼火の本名は、普通は何語でも発音できないもの。

「なんで、私を探してたの?」と聞くと、エッジは事情を説明してくれた。

「あなたが、私の住んでた海の領主の娘をさらったって言って、領主が息巻いてるんだ。領主以外は、みんな、アリシア様と恋人のことは知ってたし、内緒だけど、あれでも精一杯アリシア様達を応援してたんだ」

たぶん、エッジは、あの嵐の日のことを言ってるんだろう。確かに、風の精霊達の力だけじゃ、海に引き込まれたティニーさんを陸まで助け出す事なんて、出来ない。

複数の精霊や妖精が少しずつ力を持ち寄って、領主である海獣親父には分からないようにティニーさんを助けてくれていたんだ。

小人の姿のエッジは話を続ける。

「領主は、その事を知らないから、何から何まで、アリシア様達の手引きをしたのはあなただと思ってる」

その話を纏めると、海にも、海獣同士の交流って言うのはあるんだって。

そして、エッジの住んでいた海の領主である、あの海獣親父が、この国に面している全部の海の領主に、私を見つけ次第、海に引きずり込めって言い渡したらしい。

強い魔力を持っているから、きっと上等な餌になるだろうって言ってた…そうだ。

「変な所で指名手配犯に成っちゃったなぁ…」と、私が呟くと、エッジは「あなたは、まだ海に何か用があるんだろ?」と言ってきた。

私は頷いて、「ええ。海の波や風や…その…あなたの住んでた海の領主みたいな分からず屋から、船乗り達を守るためのアミュレットを作る方法を調べに来てるの」と、答えた。

「やっぱり。道理で、海沿いばっかり移動してるわけだ」とエッジは言って、「安心して。私、仲間を代表して、あなたの道しるべになるために来たんだ」と打ち明けてくれた。

なんでも、アリシアさんとティニーさんの恋物語は、一部の精霊や妖精達の間でも、「現代のシンデレラストーリーだ」って言って、もてはやされていたらしい。

私からすると、精霊や妖精にも「シンデレラ」がどう言う物語か行き渡っていることのほうが驚いた。

本題は、これから向かっている北のほうの海にも、エッジと同じ、アリシアさん達を応援してた精霊や妖精が少なからず居るから、私が安全に旅をできるように導いてくれるって事。

「それは嬉しいけど、あなたの海の領主にバレたら、あなたも危険じゃない?」って私が言ったら、エッジはおかしそうに笑って、「私は鬼火だよ? 住む場所なら、何処に変わったって平気さ」と答えた。

確かに、力を振りかざす分からず屋の元に居るくらいなら、逃げたほうが得策であることは間違いない。

そんなわけで、エッジはルルゴの隠れてるランプの中に一緒に隠れて、私達と共に旅をすることになった。


ルルゴの隠れてるランプの中のことをメモしておこう。

全体が臙脂色の布で覆われた四角い部屋になって居て、ルルゴ用のテーブルと椅子、ベッドと暖炉がある。テーブルの上には、常にお湯を湛えたポット、それからお茶の道具。

暖炉には、使用済みの茶葉を捨てた時だけ燃え出す、凍らせた炎を閉じ込めてある。

窮屈過ぎないようにゆとりを持たせてあるから、鬼火が入る分くらいの余裕はある。


ランプの中からエッジの話を聞いていたルルゴは、「これは大変なお客様だ」と、皮肉では無い意味で言って、ランプの中でエッジと話し込んでいた。

二人はお互いに短く自己紹介をして、ルルゴはなんだか小面倒くさい言いまわしで、エッジに、私の旅の「光」となって下さいだのなんだの言ってた。

観光気分は吹き飛んじゃったけど、旅の行方に、心強い味方が居るんだって分かって、私はなんとなく嬉しかった。


「バス」に乗って辿り着いた、少しだけ海から離れた町で、私は宿を探した。風の精霊達が何か叫んでいる。ランプから飛び出したエッジが先回りして、宿に外敵が居ないか様子を見てくれた。

「あの宿なら大丈夫だ」と、めぼしい宿を見回って来たエッジが私の耳に囁いた。

本当は、一ヶ所に一週間は滞在して、じっくり海を調べたいんだけど、何せ今は追われる身だ。2泊3日に妥協して宿を取り、部屋に着くなりドアの内側に「守護」の護符を貼った。

味方がいるとは言え、私も緊張していたらしい。護符の力で部屋の中に結界ができると、私は放り投げないように注意してランプをテーブルに置き、ベッドに倒れこんだ。

「無実の罪でも、追われてるって、異常に疲れるのね」と、ランプのほうを向いて話しかけると、「人間は長い間移動しない生き物だからね。そりゃ、追い立てられてたら疲れるさ」と、エッジが言う。

ルルゴが何も言わないなぁと思ってたら、何か考え込んでいるらしい。

そして、いつかのように、閃いたと言わんばかりに、「変化」や「潜伏」や「攪乱」の魔術について話し始めた。

つまり、その力を複合したアミュレットを作って、海獣親父が覚えているであろう私の気配を絶ってしまえば、追われる危険も少なくなると言いたいのだろう。

私はそう解釈して、宿の1階にあったお土産屋さんで、小さな銀細工のキーホルダーを買うと、そのキーホルダーに、複数の魔力を込めて文字を刻んだ。

いつも通り、魔法薬のインクを文字に浸透させ、アミュレットを仕上げると、途端に外で唸っていた風の音が静まった。

「風の精霊達が、あなたを見失った」と、エッジが嬉しそうに言う。「上手く行ったね。風の精霊に見つからなければ、海に伝える者は誰もいない」

「一安心ね」と私は言って、固定された魔力を放っているアミュレットをテーブルに置いたまま、ベッドに戻り眠りに就いた。