Trill's diary Ⅱ 7

敵が居なくなった海で、私は初めて「船」に乗った。シーバスと言う、船の「バス」だそうだ。一定区間を毎日6回往復している。

乗ってるときから、不安定な揺れが気になってたけど、陸に上がったら、今度は陸がゆらゆら揺れている感じがする。

だけど、シーバスは、最新型の運転装置が取り付けれられているから、それまでの船より比較的揺れないはずだそうだ。

昔の船って、どのくらい揺れたんだろうって事は、あんまり想像したくない。


観光客にも魚を売ってくれる魚市場で、浜焼きにしてもらう貝類を買ってから、休憩中の船乗りさんや海女さんに、「漁」と言うものの様子を聞いた。

気を付けなきゃならないのは、「時化」や、「クラゲ」や、「サメ」だそうだ。鯨類はそんなに危険はないけど、マッコウクジラと言う肉食の鯨は、人が飲まれることもあるから厄介なんだって。

海の中には、サンゴと言う石みたいな植物も生えているらしい。「綺麗な海の象徴」だそうで、珊瑚礁と言う島のようなものを作る様は、ひどく美しいと言う。

焼き網の上で、パカッと口を開けた貝が、ジュクジュク言いながら焼けていた。命の駆け引きをした後でなんだけど、私も一般的な食欲を持ってる身としては、焼けた貝の香りは美味しそうだ。

ホタテって言う大きな貝のバター焼きが、罪深いくらい美味しかった。

食べる前に、「ごめんなさい」と呟いたら、「誰に謝ってるんだい?」って、浜焼き屋さんに不思議な顔されちゃった。


安全な海に数日間滞在し、海の様子もだいぶ分かった。

帰るルートを山に近い陸路に決め、エッジに別れを告げようとすると、エッジが「出来たら、あなたの仕事の手伝いがしたいな。行くところもないし」と言ったので、私はエッジを連れて帰ることにした。

帰りの長距離列車に乗って、また私が欠伸をかみ殺している頃、ルルゴとエッジの入ったランプの中は、ずいぶん賑やかなようだった。

ルルゴが、自分のジッポーライターから呼び出した鬼火達に、エッジを紹介している。

ルルゴの鬼火達は、それまで人間が発音できる名前を付けてもらったことが無いらしくて、名前を持っていて、変化もできるエッジに、ある種の憧れを抱いたようだ。

アパートに帰りついてから、私は資料やメモを片づけるために呼び出してもらった鬼火達に、名前を付けてくれとせがまれた。

だけど、どれも今ひとつ特徴のない鬼火達に、どうやって名前を付けるか悩んだ挙句、4匹にだけ特徴を見つけ出して名前を付けた。

火花のような光を時々飛ばすのが、「スパーク」。唯一青い炎を纏っているものが、「マリーナ」。炎の中心が少し緑のものが、「ライム」。動くときシュッと言う空気を吹くような音を立てるのが、「ジンジャー」。

我ながら安直な名前だと思うけど、名前を付けてもらった4匹の鬼火は、大得意でその名前を他の鬼火達に触れまわっていた。


外国旅行から4週間が経ってから、エッジが精霊達の噂を聞きつけて、アリシアさんとティニーさんが無事に住む場所を見つけたって教えてくれた。

以前も日記に書いたけど、場所は山奥の湖畔。アリシアさんの体には、海の水の方が適してるみたいだけど、私のアミュレットの力を借りて、淡水の湖で暮しているらしい。

ティニーさんは、少し湖から離れた山小屋で暮らしてたから、湖のすぐ近くに住める家を建てているんだって。

私はこの外国旅行で得た、色んな知識や技術を使って、波から身を護るアミュレットや、悪意のある海獣から身を護るアミュレット、精霊を味方につけるアミュレットなんかを、たくさん作った。

たくさんって言っても、「仕事は1日5件」の約束は守っている。

旅先では、道端に生えている野草とかを食べて飢えをしのいでいたルルゴは、帰ってくるなり、自分のポケットマネーで緑色の葉野菜を大量に買って来て、隠れるのも忘れてわしゃわしゃ食べていた。

せめて、マヨネーズを使ってない出来合いのサラダとかあれば、ルルゴも旅先でちゃんと食事を食べられたかもしれない。だけど、今回の旅先はスーパーマーケットすらなかったんだもん。

新鮮な味のついてないセロリを齧りながら、何か感嘆の詩ような言葉を呟いていたけど、身を隠しながらの旅は、ルルゴも相当大変だったんだろう。


アパートに住み始めてから、2年が経つ頃、お母さんとお父さんから手紙が届いた。

どうやら、ようやく最近になって、ウィンダーグ氏から、私が一時体を壊していたと言う知らせを聞いたそうだ。

「仕事熱心なのは良い事だが、休む時間まで削ってたら、体が持たないぞ。食事はちゃんと食べてるか?」と、お父さんの字で書いてあった。

「来年の祭には参加できそう? もし、仕事の手が空いてたら、何か作っておくと良いわ」と、次の分はお母さんの字で書いてあった。

「少しは休ませてやれよ。祭だって、消えてなくなるもんじゃないし」と、お父さんの字が続いてる。

「目標はハッキリしてたほうが能力の発達も良いわよ」と、お母さんの字。

たぶん口頭筆記の魔術で書いたんだ。二人がペンの取り合いをしながらギャーギャー言ってたんだろうなって想像して、私はちょっとニヤニヤしちゃった。

「祭には、遊びに来るだけでも良い。今年は帰って来いよ。じゃぁな、親愛なる娘へ」と、お父さんの字が最後につづられていて、私は返事の手紙の書き出しを思いついた。

「『親愛なる』は、最初につけるんだよ?」って。


お父さんとお母さんの両方の意見を踏んで、小さなランタンに「投影」の呪文を描きこみ、炎を灯す部分に月を映したものを3つだけ作った。

実際の月の満ち欠けとリンクしていて、満月には真ん丸の月、新月には真っ黒な月が浮かぶ。光の強さも、実際の月と同じ。

新月の時には全く役に立たないランプに成っちゃうけど、月の満ち欠けを読むためになら役に立つだろう。

祭のための最初の作品としては、上出来だ。

私も、今年の夏には18歳になる。大人の仲間入りだ。お酒だって飲めるし、もう反魔術のペンダントは要らないはず。

今年こそ、服着て湖で泳ぐぞー!