Trill's diary Ⅲ 序章

私の未来の予定が狂って来ている。

小さかった頃は、子供の姿のままのお父さんとお母さんと一緒に、7歳のトリルちゃんのままで生きていたかった。

だけど、大人になって、世界を見渡せるようになると、そこには既に「お父さんやお母さんと同じくらい私を好きになってる誰か」が居た。

相手が、私のどこを気に入ったのかは、今の所、不明なんだけど、いつの間にかその人は「トリルを守れる男になる」なんて、決心しちゃってた。

冷静に観察してみても、私より魅力的な…魔物も含めて、魅力的な存在はいっぱいいると思うんだけど、その人は、何故か私を気に入っちゃってるの。

お父さんが言うには、私はその人の気持ちを全然分かってないらしい。

私は美人じゃない。その事だけは分かる。文字を書くしか能が無くて、執事のルルゴにも、鬼火エッジにも、私は「文字のことしか考えてない人」だと思われている。

「そういう所が、分かってないんだよ」ってお父さんは言うけど、「じゃぁ、あの子は、私のどこを気に入ったって言うの?」って反論すると、

「本来は、俺が解説するべきじゃない。ヒントをやるとしたら、お前達は子供の頃から共有してきたものがあるだろ? 後は自分で考えろ、マイドーター」

って言って、お父さんはコレクションのアンティーク細工で遊び始めたりする。

私とあの人が共有して来たもの? と、私は考え込んだ。

そんなもの、言葉と魔術以外はほとんど無い。私の言葉を気に入った? でも、その人に私が教えたことなんて、ほとんどはお父さんやお母さんから教えてもらったことだ。

そうなると、その人は、私が好きなんじゃなくて、私のお父さんやお母さんと一緒に居たくて私を好きと言っている…と言うひねくれた考え方もできるけど。

そこまで蛇足に疑わなくても良いだろう。

私も、その人のことをずっと昔から知ってて、小さい頃の印象的な思い出も無きにしも非ずだ。

お父さんが、「簡単にお菓子が作れる魔法の粉」だと言って、ホットケーキミックスを買ってきた時だ。

まだその当時、あの人を女の子だと思ってた私は、お菓子を食べるなら呼んであげなくちゃって思って、鬼火のいる沢に向かったの。

雨上がりだったから、途中に水たまりがあって、まだ8歳だった私は、そこで滑って転んじゃったのね。

けがはなくて、すんなり置き上がれたけど、子供用のローブが泥まみれになって、手も足も泥だらけで、私は悲しくなって泣き出しちゃった。

その声を聞いて、あの子が駆け付けてくれた。あの頃は、まだ3歳くらいなのに。

まだ、ほとんど鬼火の言葉しか知らないあの子は、心の声で「泣かないで。水に入ればきれいになるよ」って言うと、私を、沢が浅くなっている、流れが緩やかな場所に連れて行ってくれた。

沢の綺麗な水に浸かって、服と手足を洗ってると、「顔にも泥がついてる」って言って、その子は私の顔に水をかけてきた。

私はバシャバシャと顔に水をかけられて、「もう良いよ」って言ったんだけど、その子はくすくす笑いながら水をかけてくるから、私もやり返した。

キャッキャ言いながら水遊びをしていた私達を見つけて、お母さんが「何してるの! こんな時期に水に入るなんて。風邪引くわよ!」って言って、私達を怒った。

お仕置きとして、焼き立てのホットケーキは、全部お母さんに食べられちゃった。

「リーザ。一枚くらい食べさせてやらないと、お前が太るぞ」ってお父さんが言ってたのを覚えてる。

でも、お母さんは「甘えさせちゃだめ」と言って、一袋分のホットケーキをお茶で流し込みながら、全部食べた。

せっかくのお菓子はなくなっちゃっけど、お母さんに隠れて、お父さんが「これは企業秘密だぞ?」って言って、紙の棒のついた飴玉を、内緒で2つくれた。

私は、あの子と一緒に一個ずつ飴玉を持って、隠れて食べるために秘密基地に行った。

秘密基地は、沢の近くにある岩の割れ目の中の、小さい子供になら隠れられる洞窟だ。

子供ながらに、覚えたての魔術で、飴玉のにおいが消せる程度の「結界もどき」を作って、「企業秘密」の飴玉を頬張っていたものだ。

私としては、懐かしいなーとしか思わないんだけど、もし、こんな思い出達を、あの子が大事に抱えているんだったら、それもちょっと困る。

だって、私はもう8歳の「トリルちゃん」じゃないし、これからだって、どんどん変わって行くだろう。

もし、どんな風に変わっても、私を好きでいてくれて、私がしわくちゃのおばあさんになっても、私のことを「世界で一番好き」で居てくれるのなら…なんて都合の良い事を考えたけど、

さすがにそれは高望みしすぎかしら。

私の気持ちはどうなんだって言ったら、あの子がしわくちゃのおじいさんになる…姿が想像できない。だって、あの子はまだ14歳なんだもん。