Trill's diary Ⅲ 4

ルルゴの移動用のランプを作ってから、出かける時間を気にしなくてもよくなった。それは良い事だけど、一人で留守番を頼まれたエッジが、だいぶルルゴに焼きもちを焼いていた。

「そりゃーさ、執事を同伴するって言うのは悪くないと思うけど…。鬼火は連れて行っちゃだめって言われたの?」と問いただしてきたが、改まった席なんだと説き伏せて納得してもらった。

列車でディーノドリン市まで移動したら、パルムロン街の宿に一度チェックインして、ポプリの香りがしっかり行き渡った、おめかし用のローブに着替えた。

生活魔法で髪を整えて束ね、右サイドの髪に紫色のリボンを編みこんだ。

メイクってものもしたほうが良いのかな? と思ったけど、私は19になるこの年まで、化粧品を選んだことも無ければ、口紅だって塗ったことが無い。

お母さんもやっていた保湿魔法って言うのをして、眉毛の形を整えて、唇には、口紅の代わりに透明な塗り薬を塗った。

唇の皮が少しめくれているのだけは、ちょっと血が出るのも覚悟で引っぺがしてやった。

私がおめかしをしている間、ルルゴは私が髪に編んでるリボンの長さの様子を見てくれたり、鏡の前に座ったきりの私が、「あれとってこれとって」と注文するのに応じてくれていた。

その合間に、ルルゴも自分のスーツにしわが無いか確認して、服から出ている手足や顔や、長い耳の毛並みを整え、鼻眼鏡が曇って無いようによく磨いて、いつまにかお出かけ用のタイをつけていた。

ちょっと疑問だったので、「そのまま変化したら、スーツがしわに成ったりしないの?」って聞いた。

ルルゴが金時計の魔力を使って変化するとき、一瞬、体が絞ったように捩じれる。その状態から、背がひょろんと伸びた赤茶色の髪の男の人になるんだ。

「ご心配なく。あの現象は、魔力が通過するときの一種の錯覚ですから。実際体が絞られているわけではないのです」と、ルルゴは答えた。

ルルゴの新しい秘密が明らかになったけど、そんなことを気にしている間に、そろそろ時間が迫ってきた。


まず記しておきたいのは、最高のお茶会だったってこと。

私が、なけなしの知識でおめかしをしたのも無駄ではなかった。

「家族が集まる」って事は、もしかしてと思ってたけど、期待したとおり、レイアさんがウィンダーグ家に帰ってきてたの。

私がお酒に弱いのは、レイアさんがウィンダーグ家の人達に伝えてくれたみたいで、夜会だったけど、出てきたのはお茶とお菓子とカナッペや、それからちょっとしたごちそうと色んな色のジュースだけだった。

ミセス・エリーゼ・ウィンダーグは、優しげな雰囲気の、昔はすっごい美人だったんだろうなって思わせる、上品な奥様だった。

ナイト・ウィンダーグ氏と同じ、気取らない性格で、恐らく御年60歳は越えてるはずだけど、すごく可愛らしい人なの。

私、自分の出生の秘密なんてどうでもよくなっちゃって、奥様とはお料理の話、レイアさんとは魔術の話、ナイト・ウィンダーグ氏とは私のお父さんの話、ルディさんとは仕事の話を、飽きずにしゃべり続けた。

ルディさんは、現在、フィアンセが居て、屋敷に関する色んな引継ぎが終わったら、入籍と結婚式を控えているらしい。

「お相手はどんな方ですか?」って図々しく聞いちゃったら、ルディさんは恥ずかしそうに、旅先で知り合った、占星術師の女性だって教えてくれた。

「姉と職業が似ているので、姉がおっかない小姑に成らないか心配ですよ」って、ルディさんは冗談言ってた。

ドレスを着て、夜会用のメイクをしたレイアさんはとっても綺麗だったけど、この時、ルディさんを見て、「ルディ。おのろけも良いけど、言葉選びなさいよ?」って言った声は、ちょっと怖かった。

たぶん、レイアさんはすっごく優しい人なんだ。だから、一度怒るとすごく怖いって言うタイプなのかな?って思った。

お茶と食事をいただきながら、笑い話のつもりで、私のお父さんがテイルに「5年間みっちり鍛えてやろうか?」って言ってたって言ったら、レイアさんが、

「後で、その幼馴染との相性、占ってあげましょうか?」って言うので、私はちょっと迷ってから、「相性くらいなら良いかな」って答えたの。

夜もとっぷり更けて、奥様が寝室に引き上げたあたりで、お茶会は解散と言うことになった。

ウサギの姿のまま、お茶会の会場の外で待っていたルルゴが、目を閉じたまま動かない。

あれ? もしかして。って思って顔の前で手を振っても、目を開けない。思った通り、眠ってた。ウサギも、242年前に何かあると、後足で立って眠るようになるんだなぁ。

眠っちゃったルルゴを放っておいて、レイアさんに招かれて、彼女の部屋に行った。レイアさんは、年季の入ったタロットカードで、私とテイルの相性を占ってくれた。

レイアさんがタロットを切り始める時、「予知」の魔力がレイアさんを中心に、遠くまで広がっていくのが分かった。

それも、同じ魔女と言っても、人間の私には、とても追いきれないほど遠く。もしかしたら、ディーノドリン市を超えて、山岳地帯くらいまでは包括できるのかも。

その魔力は強いだけじゃなくて、正しく過去と現在と未来の方向に向かっていた。方向ってどっちだって言ったら、実際に魔力を察する能力を得て、体験しないと分かんない話。

レイアさんの占いでは、私とテイルは似た境遇で、お互いの心をよく理解できる間柄なんだって。恋人や結婚相手にならなくても、良き理解者にも成りえるって言われた。

「今の所、男の子のほうは、『結婚』って言うのがどういうものかは分かってないみたいね」と、レイアさんは言ってた。

確かに、鬼火に育てられた13歳の男の子が結婚の詳細を知ってたら、それこそ驚きだわ。

「でも、あなたのお父さん達を見てるから、『家庭』って言うのは、男が女を守るものだってくらいの認識はあるみたい」

って続けて言われて、テイルの「男性としての見本」が私のお父さんなんだって思って、私、結婚とかとは関係なく、テイルの今後が不安になっちゃった。


夜が明ける前に宿に戻って、一泊してからシャーロン市のアパートに帰ったら、エッジが「お茶会」について聞いてきた。

エッジは、「不思議の国のアリス」に出てくる、マッドティーパーティーのことを知ってるみたいで、「帽子屋や三月兎は居なかった? 眠りネズミは?」って言うから、普通のお茶会のことを話したら、

「なんだ。お茶飲んでおしゃべりするだけか」って言って、興味なくしたみたい。