そう言えば、ウィンダーグ家から帰るときに、レイアさんが、古いタロットカードから、「星」のカードを選んで、私にくれた。
レイアさんが子供の頃から長い間使っていたカードだそうで、丁寧に使われていて傷は無かったんだけど、紙がよれ来ているのは確かだった。
「今は私が自分で作ったカードを使ってるから、それはあげる。眠るときに、枕の中に入れてみて。怖い夢からあなたを守ってくれるわ」
そう言われて、私は、このお姉さんはなんでもお見通しなんだなって、感心しちゃった。
自分の魔力で遥か遠くまで見通せる占い師なんだから、死霊の気配くらい気づくものかもね。
だいぶ前だけど、夢の中に死霊が出てきたのは、日記に書いておいたからちゃんと覚えてる。
「可哀想な子」って言ってたから、たぶん私を憐れんでいるって事だろう。
もし、あの夫婦の死霊が、私の血のつながった親だとして、あの夫婦は幼い私を置いて死んでしまって、赤ん坊の私はお父さんの親戚の所に何故かいて、お父さんが私を引き取って…。
もしもの話だけど、赤ん坊の私が、何故吸血鬼の家に居たのかが気になる。
それに、「親戚から頼まれた」ってお父さんが言ってたってお母さんは言ってた。そうなると、運よくウィンダーグ氏くらい人の良い吸血鬼に拾われたんだと考えるべきかしら。
もー、考えてたら頭が痛くなってきちゃった。夢の中に死霊が出てくる以外では、別に困ったことはないんだから、今日はもう眠ろう。この、タロットカード入りの枕をふっかふかにして。
このところ、以前より熟睡できるようになった。死霊の出てくる変な夢も観なくなったし、体の調子が良い。
1日5件の仕事をこなし、自分で作った料理を食べ、エッジと一緒に「海専用アミュレット」を作っている。ルルゴはそのアミュレットを売り出す「好機」を狙っている。
「人間は、夏場に海へ出かけることが多いですから、夏至の前に『伝令』の魔術で宣伝をしましょう。特徴のあるアミュレットですから、きっと買い手はいるはずです。それから…」
と、ルルゴは自分の計画をずらずらと並べていたけど、夏至の祭に海用のアミュレットを持って行くのも面白いなぁって思った。
私は、前の里帰りの時に、テイルがくれた黒曜石のナイフを取り出してみた。鬼火の魔力を込めながら、割る角度を細かく計算して作ったらしい。
ふと気づいて、紙を二つに折った物を切ってみたら、中々の切れ味だった。ペーパーナイフとしても使えそう。
今年の夏至の祭の日が近づいている。
山の雪はものすごいので、冬至の祭には参加できない私にとっては、年に一回の晴れの舞台だ。
祭に出展する品は、「海専用アミュレット」から、「水専用アミュレット」に作り替えて、湖水の中に住んでいる精霊にも効果を発揮する物を用意した。
アミュレットが不人気だった時のことも考えて、また3つだけ、小さな月見ランタンも作った。
一年が飛ぶように過ぎて行って、去年のことがずっと昔のことみたい。
テイルは、私のお父さんから悪影響受けてないと良いな。テイルからもらった、あの黒曜石のナイフも持って行こう。
テイルは「お守りだ」って言ってたから、持ち歩かないで家でペーパーナイフにしてますなんて、言えない。
ディオン山脈の近く…って言っても、山と村を4つか5つは経由するんだけど、一番最寄りの無人駅で、ルルゴとエッジを隠したランプと、祭に出展する小荷物やら何やらを持って駅に降り立った。
そこで思い出した。枕の中に入れてたタロットカードを持ってくるのを忘れたことに。何か忘れてる気がしたけど、駅を降りるまで気づかなかった。
祭は楽しみだけど、悪い夢は見たくないなぁって思いながら、複雑な気持ちで、手製の「転移」の魔力を込めた護符を、魔力の炎で燃焼させた。
護符は熱の無い炎で一瞬青白く光り、灰になる瞬間、私を岩屋の近くまで運んでくれた。夜の闇に紛れなければできない術だけど、一晩の間に山と村を5つ越えるより「現実的」な方法かな。
岩屋の近くに着くと、お母さんの魔力の気配がした。いつも通り、岩屋の前で私を待ってくれていた。
そして、岩屋の中からは、ぶきっちょなバイオリンの音がする。またお父さんが悪ふざけしてるんだなって思った。
「ただいま。この音、お父さん?」って岩屋の前で聞くと、お母さんは呆れてるように笑いをかみ殺して、「あなたのお友達よ」って答えた。
岩屋に入る前に、こっそりのぞいてみると、なんと、テイルがバイオリンをギーコーギーコーと弾いている。
「そこで半音上がるんだ」と、お父さんが言うと、テイルは慣れない手つきで音を上げようとした。
「下げてどうする」とお父さんの厳しい声が飛ぶ。
テイルは、ちょっと怖い顔をしてたけど、文句も言わずにお父さんの趣味に付き合ってくれている。
私は、まだ岩屋には入らず、お母さんに小声で聞いた。「あれはなんの鍛錬?」
お母さんも、面白そうに2人の様子を見ながら言う。「楽器のひとつも弾けない粗野な男に娘はやれんって言って、半年前から弾かせてるのよ」
テイルとお父さんが気配に気づくまで、私達は珍妙な「鍛錬」を見ながら笑いをこらえていた。
先に気配に気づいた様子を見せたのは、テイルだった。たぶん、お父さんは気づいてたけど、無視してた感じ。
「トリル」って、以前より少し背の伸びたテイルが楽器を弾く手を止めて私に声をかけてきた。声変りが始まっているらしく、ちょっと荒れた不思議な声をしていた。
「よー。元気だったか、マイドーター」と、お父さんはふざけた挨拶をしてきた。
「ただいま。祭の出し物の練習?」って、私はしらばっくれて聞いた。
「エドナと比べられる力量があるなら、そう言っても良いが、まだまだだな」とお父さんは言った。
それを聞いて、私は少し嬉しくなった。エドナの恋心は伝わって無くても、エドナが素晴らしい奏者であることは、お父さんも分かってるんだって。