その年の祭を終えて、私が町に帰ると言う日、私はまた夢を見た。
死霊の夫婦が再び夢に出てきて、「帰ってらっしゃい。帰ってらっしゃい」と手招くのだ。
私は、怖気がして、夢の中の岩屋を逃げ回った。岩屋の外は真っ暗な闇が澱んでいて、その気配は明らかに黄泉のものと等しかった。
外に出たら、この死霊達の思うつぼだと言うことが分かった。私は、岩屋の中でこの死霊達を追い払う方法に一瞬考えを巡らせた。
私の鞄の中で、何かが光っている。テイルのくれた、黒曜石のナイフだった。
そのナイフは、いつの間にか私の手に握られていて、私はこちらに伸ばされた死霊達の腕を、切り落とす気で切り付けた。
死霊の腕が床に落ち、ドロドロと溶けていく。死霊は顔をゆがめて、吠えた。「まぁだぁにぃげるきかぁ!」って聞こえた。
死霊の夫婦は、紙のひとひらみたいに小さくなって、別の死霊が現れた。こいつが悪玉だってすぐ気づいた。そいつは、怒声を上げながら私に襲い掛かってくる。
テイル、レイアさん、力を貸して! って、私は強く念じた。
アパートに置いてきたはずの、レイアさんがくれた「星」のタロットカードが、ひらりと舞い降りてきて、私を食い殺そうとした死霊の上顎にくっついた。
その途端、死霊はカードに力を吸い取られるように、消滅した。だけど、床に落ちたタロットカードが、時々赤く光る。カードの中で、死霊が暴れてるのが分かった。
テイルの心の声がした。「そいつに、ナイフを突き刺せ!」
黒曜石のナイフをカードに突き立てると、鬼火達の込めた魔力が発光し、カードは死霊を閉じ込めたまま燃え尽きた。
岩の床に突き立てたので、黒曜石のナイフは割れてしまったけど、私はようやく死霊にとどめをさせたんだ。
「アリア。アリア、起きなさい」って言うお母さんの声がして、私は目を覚ました。
気づけば、岩屋の中には夕日が射しこんでいて、もうすぐお父さんが起きてくる時間だった。
私は、鞄の中に入れてた黒曜石のナイフを見た。ナイフが、粉々に砕けていた。
その年は、テイルも宵の入りのうちにお別れを言いに来てくれて、魔力のこもった翡翠のペンダントを私にくれた。
「トリルの声、聞こえた」って、テイルは言った。
私は、自分がようやく死霊から逃れられたんだって言うことを一緒に理解してくれる人が居て、すごく嬉しかった。
涙が出そうだったけど、泣くのはみっともないから、歯を食いしばって、笑って見せた。
ペンダントのお返しに、以前作った羊皮紙の地図をテイルにあげた。「この、デュルエーナって言うのが、この国の名前。西にあるのが、ベルクチュアって言う国。そのもっと西にあるのが、海」
私が簡単に地図の見方を説明すると、テイルは目を輝かせて地図に見入り、「大事にする」って言ってた。
「若い衆よ。お別れはすんだか?」ってお父さんが急かすので、私は鞄とランプを持って、テイルとお母さんと別れ、山を下りた。
いつか、テイルが大人になったら、一緒に、何処かの山の湖の近くに居るはずの、ティニーさん達に会いに行こう。
そんな勝手な予定を立てながら、私はお父さんに連れられて、山のふもとまであるお母さんの結界の外に出ると、無人駅まで「転移」した。
シャーロン市に戻ってからは、いつも通りの毎日だ。ルルゴの作戦は的中して、「海専用アミュレット」は、かなりの売れ行きを見せた。
町のお店に直接アミュレットの売り込みに行っても、「海の災厄に対して特化した品」であることを説明すると、買ってくれても買ってくれなくても、みんな嬉しそうな顔をしていた。
内陸にあるこの国では、海って言うのは一種の憧れを抱かせるものなのかもしれない。私だって「海」に実際出かけるまで、どんな場所だろうってうきうきしてたもの。
ルルゴは、執事の仕事に熱中することで、エドナには二度と会えないんだって言う悲しみを払拭しようとしている。
エッジは、祭で会う鬼火の友達にプレゼントするために、石粘土で貝殻の形のアクセサリーを作ってる。
私も、まさかエドナの恋がこんなにあっさりと幕を閉じてしまうなんて、すごく残念だった。
いつまでも片思いしかできない相手に恋をしろなんて言わないけど、せめて、彼女の心が救われる瞬間は、無かったものかなぁって思ってた。
そしたら、お父さんが珍しく、「手紙の書き方を教えてくれ」って知らせてきた。
古い知り合いが死にかけているから、労わりの言葉くらいかけてやりたいのだが、相手が女性なので、リーザに対しても、その知り合いに対しても、角のたたない言い回しはないだろうか、だって。
なーんだ。お父さんだって、分かってたんじゃん。
私は、無い知恵を絞って文章を考え、その文面を添えた手紙を魔力で封印して、お父さんにしか開けられないようにして送った。
「しらばっくれるのが上手すぎるよ、お父さん」って、一言添えて。
帰ってきてからしばらくした時、ふと気になって、枕の中を調べてみた。レイアさんからもらったタロットカードは消えていて、代わりに別のものが入っていた。
「あなたに祝福を」って、古代文字で書かれている、メッセージカードだった。たぶん、レイアさんの字だ。
私は、「星」が導いているような、幸せな未来に向かって、歩いて行ける。そんな気がした。
いつも右手の小指に着けている、星屑の光を宿した指輪に小さなキスをして、私は雲の上で眠っているような気分でベッドに横たわった。