私は、ようやくティニーさんとアリシアさんの詳細な居場所を突き止めた。
ベルクチュアの山岳地帯にある、大きな湖の近く。
私達が近づく気配は、アリシアさんが感じ取っていた。
町を離れてから、ティニーさんは髪をオレンジに染める事が無くなったようで、茶色の普通の髪色をしていた。
水から離れて、人間の姿になったアリシアさんが、「ほら、あの子よ」って、傍らのティニーさんに言うのが遠くから見えた。
「お嬢ちゃん。久しぶりだな」って、ティニーさんは明るく声をかけてくれた。
「アミュレットは役に立ってる?」って聞くと、ティニーさんはシャツの喉元を開けて、青いガラスの貝殻の形のペンダントを見せてくれた。
「この通り、現役だよ」って。
私は、母国じゃ名の無いアミュレット技師に戻っちゃってたから、外国旅行に行っておいてよかったと思った。
傍らのテイルを見て、「なんだい? ボーイフレンド?」ってティニーさんが聞くから、私は照れながら、「フレンドじゃなくて、ハウスハズバンド。実は私…結婚したの」って答えた。
ティニーさんは、もろ手を挙げて喜んでくれた。アリシアさんも、嬉しそうに微笑んでた。
「俺達も、式を挙げさせてくれる場所があったら、結婚したいもんだよ」って、ティニーさんは言ってた。
アリシアさんは、アミュレットを左手首につけていた。水の中で海獣の姿に戻ると、首にはアミュレットを付けていられないからだ。
テイルは、アリシアさんが人間じゃないのはすぐ分かったみたい。だけど、余計なことは言わなかった。
ティニーさんが湖の近くに建てた小さな家に4人で集まって、お土産に持って来たお菓子を食べながら、お茶を飲んで、夫々の暮らしぶりを話していた。
その時、アリシアさんは妊娠5ヶ月目。アリシアさんの予感では、「来月には生まれると思うの」って言ってた。
「君達は、まだ?」ってティニーさんが言うから、私は「新婚なので、まだです」と言っておいた。テイルは、なんのことか分かってなかったみたい。
ひとしきりおしゃべりをしてから、私達はいずれ親になる2人に見送られて、ベルクチュアの山沿いにある宿に泊まった。
その時になってテイルが、「お腹に子供が居るって、なんて意味だ?」って聞いてきた。世間知らずだと思われるのが嫌で、疑問を黙っていたらしい。
「えーと、それはですね…」と、私は変な喋り方になりながら、なんとか、嘘は付かず、でも、まだ19歳のテイルには重荷な話を、噛み砕いて説明した。
「大体の哺乳類は、女性がお腹の中で赤ちゃんを守って、赤ちゃんが体の外に出て息が出来るくらいの力を持たせてから、お腹の外に赤ちゃんを送り出すの。それで、今アリシアさんはお腹に子供が居るの」
テイルは頷きながら聞いてたけど、「ほにゅうるいって、人間もか?」って聞いてきた。
「うん。そうだね」ってだけ、私は答えた。
「トリルのお腹の中には赤ん坊は居るのか?」
「まだ居ません」
「妖精の王様に頼むか? 赤ん坊をくれるように」
「テイルがそれでいいなら、私は構わないけど…」
「でも、妖精の王様がくれる赤ん坊は、もう息が出来るくらいには育ってるだろ? トリルがお腹の中で守る必要はないのか…」
「うん。そうだね」
テイルは、だいぶ考え込んでるようだったけど、私の足らない説明と、自分の生い立ちと、これまで育って来たディオン山の習わしとの間で、考えがまとまらなかったらしい。
「なんか頭がすっきりしないな。トリル、お前、何か隠して無いか?」ってテイルが言うもんだから、
「いずれ、分かる時が来る」って、私がテイルの両肩をつかんで男前に返事をしたら、テイルは気圧されたみたいで、「わ、分かった」って言ってた。
テイルが25歳くらいに成ったら、ちゃんとしたことを話そう。
その時には、私は30歳くらいになって居るはずだし、外国でアミュレット技師としてもう一度生計を立てて、子供を育てられるくらいの収入も得ているはずだから。
その夜、私も、まだ私が十代だった頃、お父さんが私に何を吹き込もうとしていたのかが分かった。
そして、私の隣でパジャマを着て眠りこけてるテイルを見て、「この人が、私を力でどーこーするなんて、あり得ないわ」と思った。
一緒に暮らすようになってから、テイルの寝顔を見るのは珍しくなくなったけど、本当に男なのかと思う可愛い寝顔をしているんだ。
今は髪を短くしてるけど、あのサラサラの長い銀髪が今もあったら、首から上だけだと、完璧女性と間違われても仕方ない。
テイルだって、色々抱えてるし、むしろ私のほうが、この可愛い寝顔を守るために全力を尽くさなければならないのか。
私って、意外と男性気質なんだなぁ。