Trill's diary Ⅳ 1

エドナの告別式が、ディオン山の森の中で行なわれたって情報が、「伝令」の魔術を聞いてた私の耳に飛び込んできた。

エドナが祭以外の時どんな生活をしていたかは分からないけど、どうやら彼女は折々に人間の姿になって、色んなところでビオラの演奏を披露していたらしい。

一部の地域では、かなり有名なアーティストだったんだと「伝令」の魔術を発信してる魔女の声が言っていた。

エドナが亡くなる前に、お父さんの手紙は届いたんだろうか。


悪い噂を聞いた。アミュレット技師の中で、強力な反魔術のアミュレットを作れる技師が、「呪いをかけられた子供達を救うため」と偽られて、大量の反魔術のアミュレットを作ったんだ。

でも、そのアミュレットは子供達のためではなく、結界で守られている「闇の者」の領域に踏み込むために使われたのだそうだ。

アミュレット技師達に、その詐欺師に騙されないように、って言う注意喚起が報じられていた。


ギザギザした書き方の、10歳くらいの子供が書いたような文字の手紙が届いた。

「親愛なるトリルへ」から、丁寧に書き出しの始まった、その手紙は、「テイルより」で締めくくられていた。

テイルが字を、それも手紙を書けるようになるなんて! って、私は嬉しくなって、内容をよく読んでみた。

「エドナの葬儀が行われたことは、もう知ってるかもしれない。エドナの主人の魔術師が言うには、エドナは最期の時まで、一通の封筒を大事に握りしめてたって。

手紙の内容は、エドナにしか読めなくされてた。主人の魔術師が読めたのは、消える前の差出人の頭文字だけだったそうだ。

それと、最近、この山への侵入者の数が以前より増えてる。それで、今年の夏至の祭は、中止されることになった。今年は帰ってくるな。

山に侵入するものは警戒されてるし、山の者の気配が無くなったお前を、結界が見分けられるかもわからない。今、山へ戻るのは危険だ」

私は、この文を読んで、すっかり余所者扱いされてることに腹を立てちゃった。

ディオン山が危機に遭ってるんだったら、私だって力を貸したい。だけど、テイルの手紙はまだ続いてた。

「もしかしたら、また夜襲が来ないとも限らないんだ。分かってくれ。俺は、惚れた女の前で死ぬような無様な男には成りたくない。今年は帰って来ないでくれ。

トリルの父さん達も含めて、代表して言う。今でも、トリルのことは大好きだ。だから、トリルには生き残ってほしい。

大丈夫さ。『闇の者』は、昔は土着の神族だったんだ。流行り廃りで世界を支配した気になってる『神』の信者になんて、負けない。

冬が来たら、きっとまたなんにもなかったみたいに、祭が行われるかもしれない。

トリルがくれた地図、ずっと持ってる。俺達は絶対死なない。約束だ」


手紙を読んだ後、私は悔しくて涙が出てきた。外の世界に居る魔術師達は、故郷の山のために、何もできずに見てるだけしかできないのかと思って。

ひとしきり泣いてから、机を握りこぶしで叩いて顔を上げた。レイアさんのタロットカードのことを思い出したの。

レイアさんは、山の者じゃない。でも、結界に遮られることなく、私の「夢」の中に、タロットカードを「転移」させてくれた。

きっと、外の世界に居る魔術師でも、結界を透かして力を送る術がある。

私が泣いてるのを、おろおろと見ていたルルゴ達に、

「ウィンダーグ家に連絡するよ。レイアさんを探さなきゃ」って言って、私はコインの入った財布と鍵をバッグの中に詰め込むと、ルルゴ達が慌ててランプの中に飛び込むのを確認してから、ランプを持って外に出た。


テイル達の抱いていた「もしも」は的中してしまった。

夜襲が起こる前兆を、エッジが精霊達から聞いてきて、私にすぐ教えてくれた。山の者達も、知られないように迎え撃つ準備をしてたみたい。

テイルは、「また夜襲が」って書いていた。きっと、以前にも同じようなことがあったんだ。

私達は用意していた魔法陣の中で、魔力と武力のぶつかる衝撃を感じ取ってた。

魔法陣の中で、私と小人に変化したエッジ、それからレイアさんが3点に座ったまま、互いに手の平を合わせていた。

「アリア、エッジ、良い? 道順を覚えてるのは、あなた達の魔力だけよ。以前の私の魔力は多分、遮断されてる」レイアさんが言う。「ミスター・ルルゴ。敵陣の数はどのくらい?」

ルルゴは、魔法陣の外で「探知」の呪文を刻んだ羊皮紙の地図を見ている。「ディオン山への侵入ルートは50。侵入者は、およそ5000」

「OK。なんとかなりそうだわ」と言って、レイアさんは自分の魔力の出力を上げた。

私は、自分の手の平の中に強い力が入ってくるのを感じた。たぶん、エッジも同じ力を感じているだろう。でも、動揺せずに、その力を、魔法陣を通してディオン山へ送った。

まず、白い光がディオン山に届いた。

レイアさんの魔力を通して、ディオン山の様子が見えた。お母さんの岩屋に、女達が集まってる。壊された結界を修復したり、飢えや乾き、疲労を回復させる術を使っている。

魔力が送られてくることに気づいたお母さんが、宙に片手をあげ、一人で、稲妻以上はあるエネルギーを受け取った。

それから、エネルギーを受け取った腕を、振り払うように頭の上で振った。山の者達へ行き渡るように、エネルギーが拡散されて行く。

私は、お母さんの透視の力を辿って、火器で片腕を吹き飛ばされていた魔術師の腕が、再生されて行くのを見た。「治癒の魔力か」って、その魔術師が言った。

「こいつは良い援護が来たな」って、お父さんの陽気な声がした。「もう、こっちは『時間』の食いすぎで太っちまいそうだったぜ」