Trill's diary Ⅳ 2

次に送られたのが、紫色の光。「浄化」の力だ。悪意ある者達が、意思を挫かれて、少しずつ撤退していく。

テイルの声がした。「ルオン! 今だ!」

テイルに、ルオンと呼ばれていた魔術師の男の人が、風を一頭の巨大な獅子に変えて、逃げ腰になって居る敵陣を吹き飛ばした。

前線は、結界のギリギリまで来た。もう一息だ。

それより、テイルの様子がおかしい。片膝をついたまま、地面から動けないでいる。

レイアさんが、「気を抜かないで! 集中しなさい!」って私を叱咤した。

私は、より刻銘に山の様子を見渡した。ルオンさんの操る風の獅子が、結界の中で戦っている闇の者や魔術師達を助けて回っている。

テイルは、身動きが出来ない自分を囮にして、近づいてくる侵入者達の心臓を、ナイフの不意打ちで貫き、刺し殺していた。

でも、その戦法じゃ、囲まれたらひとたまりもない。

お父さんが、羽で飛翔して、一瞬テイルの肩に触った。お母さんの視力を借りて、私はお父さんがテイルから30分ほどの「時間」を吸い取ったのが見えた。

テイルの片足から、骨に刺さってたらしい弾丸が飛び出て、傷が塞がった。

テイルはそれまで動かなかった足が動くようになったらしく、すぐ地面から立ち上がって、お父さんに「すまない!」って声をかけてた。

「うちの婿が死んだら困るからな」ってお父さんは言って、にやって笑った。

息をつく間もなく、次の力が送られた。青い光。「退魔」のエネルギーだ。

「退魔」と言っても、闇の者を攻撃するわけじゃない。私や、エネルギーの媒介をしているお母さんの意思にコントロールされて、そのエネルギーは大きな波となって、侵入者のみを結界の外にはじき出した。

レイアさんは休むことなく、どんどん魔力の出力を上げていく。

最後に送られたのは、緑の光。「守護」のエネルギーだ。結界がガリガリ言いながらものすごい勢いで硬化されて、その力は、地響きと共にディオン山脈の反対側まで、山全体を覆いつくした。

地響きが治まった後、侵入者の一人が、結界に触れようとした。その途端、侵入者は空に吸い込まれるように、その場から姿を消した。

魔力を送り終わったレイアさんが、「ちょっぴり強めの結界を仕掛けておいたわ。悪意を持ってあの山に侵入するものを、消滅させるくらいのね」と言って、私達から手を離した。

その途端、魔力で磁石のようにつながれていた私達の手が、パツンっと離れ、私とエッジは反動で背中側に転がった。


それから、ディオン山は、「許された者以外侵入できない秘境」と、人間の世界でも有名になった。

レイアさんが、結界の魔力を固定したペンダントをくれたから、私はそれを渡すために、お母さん達に会いに行かなきゃならない。

それにしても、約5000人分の「侵入者」を、ほとんど一人の力で、山脈の外へ追い出すなんて、なんとも頼もしいお姉さんが、親戚だったものだ。

お父さんが、私を娘だって呼んでくれる以上、血がつながって無くても、私はレイアさんの妹分だもの。


ディオン山に帰ってきて、一ヶ月経つ。夏は祭どころじゃなかったから、今年の冬至の祭は、きっと「許された者達」で溢れかえるだろう。

すっかり大人の声になったテイルが、「トリル。魚を採って来た」って言って、さっき採れたての川魚を3匹持ってきた。

テイルの脚には、銃で撃たれた痕が残っている。お父さんがもう少したくさん時間を吸い取れば、傷まできれいに消えて居かも知れないけど、そんな細かい所に気を使ってる場合じゃなかったのは私も知ってる。

「なんだ。俺の分はないのか?」ってお父さんが魚の入った籠を見て言う。

「あんたは食べれないだろう?」って、テイルがきょとんとして言う。こう言う所は相変わらずだ。

お父さんは何か考えてる風だったけど、「死んだ魚は、あんまり旨くないからな」って言って、岩屋の奥に引っ込んだ。

なんだか、お父さんも丸くなった。テイルが子供だったときは、あんなにカリカリしてたのに。

なんて言ったって、自分が手塩にかけて育てた「婿」だものね。


私は、山を離れてから初めての冬至の祭に顔を出した。森は雪に覆われ、魔力を持った炎が、一際暖かく感じられる。

ホットココアを飲みながら、作品を持たないで、唯、祭を見物してたの。

木のカップを片手にうろうろしてたら、夏の戦場で、風の獅子を操っていた魔術師と会えた。

群衆から離れた場所にある屋台で、ホットワインを飲みながら、その魔術師は祭を眺めていた。

テイルがその隣にいる。私が、「テイルが祭に来るなんて、珍しいね」って言うと、「冬至の祭は、人が少ないからな」って、テイルは言ってた。

「この人は?」って聞くと、「俺の知り合いだ。ルオンって言う」と、紹介してくれた。

ルオンさんは、魔力の質から、私があの戦場に「魔力を導いて来たもの」であることが分かったみたいだけど、余計なことは言わずに、「可愛いお嬢さんだね。テイルも、隅に置けないな」って、茶化してきた。

テイルは、相変わらず何処かとぼけてて、「可愛いってなんて意味だ?」って聞いてた。鬼火が家族だと、人間の言葉はいちいち確認しなきゃならないのよね。


雪が溶けるまで、一冬をディオン山で過ごした。歩いて山を下れるくらいになってから、私はいつも通り、お母さんとテイルに見送られ、お父さんと一緒に結界の外まで下山した。

「お父さん。私、祭でウィンダーグ家のお姉さんと会ったことがあるの」と、私が切り出すと、「ああ、双子の片割れだろ?」とお父さんは言った。

「お姉さん、エドナのこと知ってた」と、私はぼかした表現でそれとなく言った。

「そうか」って言って、お父さんは背中を向けると、「エドナの墓は荒らされてない。来年来たら、墓参りでも行ってやれ。じゃーな、マイドーター」と言いながら、岩屋のほうに飛んで行った。